私に棺桶を作ってくださいー棺桶屋と少女のとある物語ー
人間関係なんて面倒臭い
1章
「あーぁ、面倒臭い。」
人ってかなりめんどくさい。
人間関係に疲れた僕は、接客業をやめて葬式に使う棺桶を作る仕事をしていた。
まぁ、個人営業なもんで、棺桶を売る際に客と話すんだが…。厄介な客もいるもんで、笑顔を貼り付けるのが大変で声色も上げてわざとらしくないように仮面を被って振る舞うのは疲れる。そして冒頭に戻るのだが、僕の口癖
「あーぁ、面倒臭い。」
そう言って、初めて作った棺桶の中に寝転がった。
生憎、店は狭く作業スペースも散らかっていて、乱雑に色んなものが置かれてる。なので、この棺桶しか休めるスペースがないのだ。
棺桶を売る時も、作業スペースは丸見えなので、初めて来る客はなんとも言えない複雑な顔をしながら笑っている。というか、そうそう棺桶を買いに来る人なんて居ないもんで、当たり前のことのようだが、初めての人ばかりだ。まー1回きりと言ってもいい。
この風景に慣れてるやつといえば、葬式屋ぐらいだ。
淡々と注文表を受け取り、そして納品。
相手も淡々としている。
棺桶に寝転がりながら目を閉じた。
心が無になっていく。まるで光の届かない深海に堕ちていくような感覚だ。
何も無い、静かな世界。
時の流れもわからない。いくらぐらい時間がたったのだろう?
まぁ、いいか。
僕は何故かこの世界が好きだ。
自分が自分でいられる気がするからかもしれない。
ガガガッ
僕はこの音に驚いて起きて、すぐさま周りを見渡した。
扉の前に1人の少女が立っていた。
「こんな夜中にどうしたんです?ここは棺桶を…」
最後までいい切る前にその少女が倒れた。
「お、おい!?大丈夫?君!?」
僕はとっさな事だったのでつい普段の口調で、慌てて支えた。
青白い顔をして、か細い体はまるで生きている死体のようだ。
「あの、申し訳ありません…。」
その言葉を言う少女は何かを怯えるように震えていた。
2章
「あの、申し訳ありません…。」と言いながら震える少女。中学生くらいだろうか?でもなんでこんな夜中に…。
「とりあえず、ここで休むかい?」
って、何処に休ませるんだよ。
しいて言うなら、僕が先程まで寝てた棺桶の中しかない。
顔色を見る限り、血の気が引いてるのだろう。足を少し高くあげ寝かせるのがいいのだが…。
優柔不断な自分が面倒くさくなってきた。
これだから人間は嫌になる。
そうこう考えてると、少女はフラフラしながら立ち上がった。
「私のせいで困らせてすみません。ありがとうございました。」
そう言い歩き出そうとする。
いやいや、無理だろ。家知らないけど、そんな状態じゃ、また倒れるぞ。
【あー、こんちくしょう。どうにでもなれ】
僕はふらつく少女をサッと抱き抱え、僕が寝ていた棺桶の中に入れた。
「ったく、そんな状態じゃ無理なことぐらいわかるだろ。大人しくそこで寝てろ」
少女は何かを言おうとしていたが、限界だったのか目と口を閉じた。
「…。」
珍しく僕は、いつもの口癖の【面倒臭い】を言わなかった。なぜかは分からない。
だが、棺桶に入った少女は、入る前よりも、よりいっそう死人のように見えた。
ちらりと見えた虐待の跡。
「ったく、この世の中不条理すぎるな。人間なんて嫌いだ。」
そう呟いて僕は少女に自分の作業に使ってる上着をのせた。
3章
明け方の4時頃だろうか、例の少女が作業をしている僕に声をかけてきた。
「あの、休ませて下さってありがとうございます。」
「別に。」
僕は一言だけ答えて、黙々と作業をする。
「あ、お邪魔してすみません。すぐ消えますから…。あ、でもお礼してなっ…「どうせ帰るとこないんだろ。別に邪魔とか思ってないから、居たければ居ればいいし、何処か行きたければ出ていけばいい。」
僕は、なぜ少女の話をさえぎってまで、こんな事を言ったのか分からない。
人と関わることほど、めんどくさいものは無い。そして、未成年であろうこの子と関わるともなれば余計にだ。下手すりゃ、捕まる。
というか、捕まってない時点で僕は心底人というものに呆れを抱いていた。
少女は一瞬驚いた顔を見せ、そして無言でその場に体操座りして僕の作業を見ていた。
無言の空間に木の削れる音だけがする。
僕は、一つ一つ丁寧に華や草を棺桶に掘っていく。地道な作業だが、棺桶と向き合ってる時間は好きだ。
何も無いまっさらな板に細工をしていく。
花嫁の持つブーケのように華やかではないが、僕はこの素朴さが好きだった。
「…綺麗。」
僕は、その少女の発したその言葉にはっとして顔をあげた。
「あ、す、すみません!その、あまりに綺麗だったもので。つい…。作業の邪魔をしてすみません。」
伏し目になる少女。
「すみませんってそんなに言う必要あるか?」
キョトンとした目で僕の顔を見ている。
「すみませんって何度も言ってるけどさ、本当に君が全て悪いのかい?」
「迷惑たくさんかけてしまいましたし…。」
「ごめんけど、僕はそんなにお人好しな人間じゃなくてね、本当に迷惑なら適当に理由つけて追い払ってるよ。」
沈黙が流れる。
「あの…。見たんですよね。痣。」
「あぁ。だからなんだ。」
少女は震えた声で、でも芯がある声で言った。
「私の棺桶を作ってくれませんか」
4章
「はぁ?君の棺桶を作れと?いや、何のためにだよ。」
少女はぐっと唇を噛んだあと覚悟を決めたような目で僕を初めて見た。
「何でもするので、作ってください。お願いします。」
僕は大きなため息をついた。
僕はこの目を知っている。
気安く言った上っ面の言葉じゃないこともわかった。覚悟を決めた目で、覚悟を決めた言葉なのだ。
「なら、自分で作りな。サポートはするから」
少女はぽかんとしている。
お前が作って欲しい言ったんだろう!と思いつつ、なんでこんな傍からしてみても面倒臭い事に僕が首を突っ込んでるのか分からなかった。いや、傍からしてみればか。
僕はなぜか【この少女には】面倒臭いとは思わなかった。
こうして、僕は毎晩夜中の0時に来る少女に、器具の扱い方を教え、掘り方を教え、そして自分の作業もしていった。
余った木材を掘るための練習として、使っていたが、少女は飲み込みが早いのか、日に日に滑らかな細い線が描けるようになっているのがわかった。
曲線も最初はガタガタだったが今ではすっかり、僕よりも上手いと思うぐらい美しかった。
余った木材には、隙間なく練習の跡があり、それが数え切れないほど袋の中に詰まっていた。それだけ夜中の時間を少女は必死に練習したのだ。
疲れたのか、僕の寝床だった棺桶に寝ている少女。
「死人みたいな顔してたのにな。」
僕は思わず微笑んでしまった。
何時ぶりだろうか。こんなにも人とすごしたのは。心から微笑んだのは。
この日常が続けばいいのにと思った。
でも世界は、人は、残酷だ。
5章
ある夜中、突然警察が来て、まぁ、簡単に言うと捕まった。
まーそうなるよな。
「白河芽衣を保護しました!」
あぁ、そういう名前だったんだ。
そういや、お互い名前聞いてなかったな。
「やだ、その人悪くないんです!その人は私を助けてくれて!!!」
芽衣は必死だった。
あぁ、こんな僕にも、こんなにも必死になってくれる人がいるのか。
「佐藤樹誘拐罪で現地逮捕」
こうなることは、いつかはなるだろうとは分かっていたせいか、冷静だった。
多分、芽衣の親が【お金目的】でわざと警察に失踪したとか言ったんだろう。
じゃなきゃ、あの日、初めてあった日に捕まってもおかしくなかった。3ヶ月もあの日から経ってるのだ。
人は醜い。自分の欲のためなら何でもするやつだっている。
あの痣は相当の虐待だろう。
「芽衣!!!良かった!父さん心配したぞ」
声のする方を見る。あぁ、上っ面だけの言葉だ。芽衣はガクガクと身体を震わせ、恐怖の目に変わっていた。
父親らしきものが、僕の方へ来て、衝撃が頬に来て口の中が鉄の味がした。
「貴様、よくも我が娘を」
いやいや、こっちのセリフだよ。お前だろ虐待してるの。よくそんなんでこんな薄っぺらい言葉を吐けるな。本当にこれだから人間は嫌いだ。
芽衣は俯いて突っ立っている。
僕は心の中で言った。
【芽衣、もういいんだ、君はよくこんな腐ったやつに耐えて生きてきたよ。僕は、君が僕の作る棺桶を綺麗と言ってくれた。それだけで嬉しかった。】
「あの…。」
芽衣が上着を脱ぎ始めた。
「お、おい!芽衣何してるんだね。こんなところで!!」
慌てた様子で芽衣に近づこうとした。
【こいつの覚悟を無駄にすんじゃねぇ、クソ人間】
僕は、手が拘束されていたので足払いをし、このクソ野郎を芽衣に少しでも近づかないようにした。
まぁ、こんなことしたから、もちろん警察の拘束がより強くなった。そしてパトカーの中にぶち込まれ芽衣が見えなくなった。
6章
私、白河芽衣は父子家庭で、虐待を受けていた。
あらゆるところが痣だらけ。でも、見えずらいところに。
夜は、女の人を連れてくるため、私は外に追い出されていた。
それが私の日常で、ご飯もろくに食べさせて貰えないから、倒れることも多く、でも、倒れて人が家に来たら地獄を見るのは分かっているから、「大丈夫です」と言って、その場から逃げるように夜の街をふらついていた。
生きる意味が分からなかった。
誰も助けてくれない。
生きてるようで、私の心は死んでいた。
とある昼間、フラフラとさまよってると、華や草が描かれた棺桶がとある店から持ち運び出されていた。
「綺麗…。」
私は、この棺桶を作ってる人が凄く気になった。どうやったら、あんなに繊細な線が描けるのだろう。なんだか死体を入れるただの棺桶、冷たい棺桶のはずなのに、暖かく感じた。
私は…
【この棺桶で永遠に寝れたら、今の地獄から抜け出せる】
そう最初は思ってた。
そしていつも通りにフラフラ夜中歩いてると、目眩がした。
【やばい】
いつもなら、助けを求めないが、たまたまあの綺麗な棺桶を売る店の手前だったので古びたドアを叩いた。
そこから記憶が曖昧だが、1つ確かに覚えてることがある。
思った通りに、いやそれ以上にあの人が作る棺桶の中は暖かく優しく包んでくれてるような暖かさがあって、何時ぶりか安心して寝てしまった。
そして、今に至る。
警察がいる中、私は上着を脱ぎ、服をめくった。
「こいつが!!!私は虐待をこいつに受けててこれが証拠です!」
警察は慌てて父親とも言いたくない人を取り押さえた。
そして私は、まず、病院に向かうことになり、あいつは、警察署へと連れていかれた。
「佐藤さんごめんなさい…。巻き込んで。」
私の言葉は空を切る。届かないあの人には、あの優しい人には。
病院で正式に、虐待として判断され、私は保護されることになった。
7章
警察署で取り調べを受けている途中、芽衣が保護されることになったのを知らされた。
どうやら、父親の虐待が発覚したらしい。
「お前さんもね、虐待分かってたなら、警察とか、相談所とか連絡しなさいよ」
呆れた声で言う警察。
「とりあえず、事情はわかったが、未成年をおいておいたことに変わりはない。」
そうですよねーと思いながら、まーもちろんのこと多少の罰は受けたが、解放はされた。
とある日、保護施設から手紙が届いた。
「芽衣…。」
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樹さんへ
巻き込んでごめんなさい。
でもどうしても、あの暖かくて優しい棺桶を作ってもらいたかったんです。
私の母は、私を庇うために父に虐待を受けある日失踪しました。
失踪届を出したところ、見つからず、捜査取りやめになりました。
死亡扱いとなり、私は心のどこかでまだ生きていると思ってましたが、優しい母は、紙切れひとつでこの世からいなくなりました。
もちろん葬式もなく、私はせめて棺桶だけでもと思ったんです。
そして…
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僕は手紙を読んで久しぶりに泣いてしまった。
本当に理不尽な世の中だ。
僕はてっきりあの子、芽衣が自分のために作って欲しいと言ってると思っていた。
だが、大切な母親のためだったのだ。
僕は彼岸花を掘った。
花言葉は【深い思いやり、また逢う日まで】
棺桶が完成した。
そして僕は芽衣に返事を返した。返事を返すのがかなり遅くなったのは、芽衣の母親の為の棺桶を掘っていたからだ。
8章
今日も面倒臭いかったるい日が続く。
「早く終わんねぇーかなぁー?」
「樹さん!!」
あぁ、変わったな。笑顔いっぱいで手を振って店に入ってきた。
何時ぶりだろうか、死人のような少女はそこにはいなく、生き生きとした成長した芽衣がいた。
あぁ、人間ってのも悪くねーな
ここまで読んでいただきありがとうございます。
実際私も人間関係で悩むことが多く、その思いの丈を書いてみました。
不条理な世の中でも、辛くても、闇に染まらず、勇気をだして生きて行けたら嬉しい。いや、生きようか。