第4話 容疑者・山本礼司(特殊スキル・テイミング)
それから、私たちは朝礼をして、そのまま訓練をして、周辺の巡回をして、害獣対応をしての毎日を送った。
訓練でもレベル稼ぎができるのか、訓練で行う技の一通りのレベルが上がり、それに伴い、私たち自身に設定されているレベルも上がっていった。もちろん、害獣対応でもモリモリと経験値とお金を稼ぐことができた。
ちなみに、エノ部長は持ち前のコミュニケーション能力を活かして街の人気者になりつつある。おかげさまで、私たちは”神殿のところのお巡りさん”と街の皆さんから呼ばれ親しまれるようになった。
ただ、まだ、地元の自警団との連携というか、ツテというかが上手くできていない。もう少し信用を得て、連携がとれるようになってきたら、害獣対応も今以上にしやすくなると思うんだよな。それに……
「わりとすぐレベル5は突破できたのに、警棒の入手条件が、まさか”自警団との連携”だなんて」
「”お巡りさん”と親しんでもらえてきているとはいえ、立場的には勇者様と同じだからなあ。スキルの悪用して悪いこと三昧しているやつらのせいで、中々うまくいかないよな、そこのところが。まだ、こう、距離をとられているっていうか、腹の内を探ってやろう感があるっていうか……」
エノ部長が苦い顔を浮かべて頭をガシガシとかいた。
「どうしたら、もう少し信用してもらえますかね? 清掃活動とか、そういうボランティア的なこともやってみますか?」
そう言って私が首をかしげたのと同時に、パーポ君(神)が上下に振動した。
『神よりエノクラ。食事処・銀狼亭にて事件発生。男が店内で暴れている模様。至急、対応されたい』
私たちは、こちらの世界にきて初めて聞く内容の指令に息を飲んだ。しかも、銀狼亭は私たちがこちらの世界に来てからめちゃめちゃお世話になっている飲食店だ。
銀狼亭とはこの街にある飲食店の中でもかなり人気のお店だ。キラキラと光る美しい狼の毛皮を壁に飾っていて、ちょいと小粋な女将と店主がいらっしゃる。しかも、安くて美味くてボリューミィ。素敵なところずくめの、いいお店なのだ。
「これは一大事ですよ、エノ部長!」
「ここでどうにかできなきゃ、警察官の名折れどころか人間が廃るな。……行くぞ、倉本!」
「はい!」
力いっぱい頷くと、私たちは銀狼亭へと走った。
現場付近にやってくると、店の中から避難してきたであろう人たちに声をかけられた。
「お巡りさん、ちょうどいいところに!」
「中で、”勇者様”が暴れているんです! 助けてください!」
とうとう来たか、勇者様対応! けれど、私たちは依然ステゴロだ。武器を持っているだろう相手に、きちんと対応できるだろうか。
心なしか不安に思っていると、エノ部長に背中をバシッと叩かれた。
「力を抜けよ、倉本。精一杯、最善のことをしよう」
いつもチャランポランなエノ部長、やっぱりこういうときはとても頼りになる。エノ部長の立派なポリスメンモードに鼓舞されて、私は萎れかけていたやる気を復活させた。
店の中に入ると、簡素な甲冑姿の男が声を荒らげていた。床には割れた食器やカトラリー類が散乱としていた。
「誰のおかげでこの世界が平和になったと思っているんだ? 勇者様だろ? それでもって、俺は勇者様ってわけだ。だったら、言うとおりに食事代をタダにしろや!」
倒れた椅子を蹴飛ばしながら、勇者と名乗る男は店主と女将を脅していた。
「そうは言ってもな……。たしかにあんたは勇者かもしれないが、実際に魔王を倒したわけではないだろう?」
果敢にも勇者に言い返す店主さん。しかしながら、それは火に油で、勇者は逆上して店主を掴みかかろうとした。そこに、エノ部長が割って入った。
「はいはいはいはい、ストップね、ストップ。……ねえ、勇者さん? 勇者なら、モンスター退治で金は稼いでるだろう? だったら、飲食代くらい、きちんと支払えるよね?」
「なんだ、てめえは。ポリ公みたいなことを言いやがって」
勇者はエノ部長をねめつけるように睨んだ。そんな勇者に、エノ部長はケロッとした表情で警察手帳を見せた。
「いや、そのポリ公なんですわ」
「は!?」
勇者は一瞬、挙動不審な態度をとったが、再び強気な態度をとって胸を張った。
「だから何だってんだ。ここは異世界だ。日本の法律が通じるはずねえし?」
「異世界でも、これは立派な犯罪だと思うんだよねえ」
「うっせーな、てめえ! 勇者は何をしても許されるんだよ!」
勇者はそう叫ぶと、何ていうの? こう、「左目が疼く」みたいなポーズっていうの? そんなポーズをとった。
「テイム!!」
勇者の言葉に反応するように、勇者の左目が瑠璃色に光った。勇者と相対していたエノ部長は、眩しそうに目を細めた。しかし、エノ部長の身には特に何も起きなかった。あと、勇者に見せたあとケツポケットにしまわれていた手帳が心なしか光った気がした。
「お前、今、何かした?」
訝しがるエノ部長に、勇者がニヤリと笑った。
「何故かお前には効かなかったみたいだが、後ろにいたオッサンは俺のテイムがかかったみたいだぜ!」
慌てて振り返るエノ部長。私も慌てて、店主さんへと視線を投げた。
どうやらエノ部長は勇者と店主さんの”完全なる間”に立っていたわけではなく、店主さんの視界に若干ながら勇者が入る位置にいたらしい。そのせいで、店主さんは勇者のスキルを食らってしまったようだ。
「俺の特殊スキル・テイムは、術にかかった相手を好きなように操ることができる! いくらポリ公でも、一般人を殴るわけにいはいかねえよなあ?」
「……ヤ、ヤマモト様。オダイハ ケッコウ デス……」
呻くようにそう言う店主さん。勇者──どうやら、山本というらしい──はニヤニヤと笑って言った。
「そうそう、初めからそう言っていれば、店ン中もこんなにぐちゃぐちゃにならなくてよかったのになあ! ……いけ、店主! このポリ公を押さえろ!」
山本がエノ部長を指さして叫んだ。エノ部長はチッと舌打ちをすると、足払いをして、足元に転がっている危険物をできる限り排除した。そして、突進してきた店主さんとガッチリと組み合うと、視線だけ私に向けて「行け!」と指示してきた。
山本は私の存在にようやく気がついたのか、こちらを見て「お前もポリ公かよ」と吐き捨てた。
「でも、しょせんは女だ──」
「えぇぇぇぇいっ!」
間髪入れずに、私は山本を逆袈裟で切り上げた。山本は木の棒をまともに食らって足を掬われ、尻もちをついた。その後ろで、エノ部長が”痛くないように”という最大の配慮を込めた投げを店主さんに食らわせて、そのまま組み敷いていた。
店主さんは今もなお、山本の命令を遂行しようとエノ部長に抵抗していた。山本はというと、想定外のことが起きたと言わんばかりにポカンとした表情を浮かべていた。そこにすかさず、私は胴を叩き込んだ。日々の鍛錬の効果なのか、魔法的なアレなのか、木の棒は折れることなく、むしろ甲冑をへこませて山本の胴にダイレクトアタックした。
もろに攻撃を受けた苦しさで、山本はうつ伏せになり、這いつくばりながらその場から逃げようとしていた。私は慌てて山本の背中に蹴りを入れ、動きを止めて、片手を掴んでハンマーロックをかけた。
「倉本、手錠かけろ!」
とっさにそのように叫んできたエノ部長。思わず、私は「ええええ!?」と悲鳴を上げてしまった。だって、私たちの装備、警察手帳だけなんだもん。手錠なんて持ってないよ! ……ところが、である。私が叫んでいる間に、私とエノ部長の手元が光り輝いたのだ。それらは収束すると、私の手の中で手錠に、エノ部長の腕に腕時計として顕在した。そして、山本のほうに視線を落とすと、彼のフルネームと罪状が光の文字となって浮かび上がっていた。
私は手錠を握りしめて鋭く息を吸うと、エノ部長を振り返ることなく叫んだ。
「時間、お願いします!」
「現在、午後二時四十六分!」
「山本礼司、器物破損および脅迫、詐欺、その他以下略により現行犯逮捕!」
ハンマーロックしたほうの腕に手錠をかけると、テイムの効果が切れたようで店主さんがうごめいてドタドタと立てていた音が聞こえなくなった。直後、エノ部長が走り寄ってきてくれて、出口に向かって伸びていた山本の腕をとり、両手にしっかりと手錠がかけられるよう手伝ってくれた。すると──
「な、なんだこれは! 俺の体が、光ってやがる!」
山本がそのように悲鳴を上げ、それと同時に手錠から魔法陣のようなものが展開された。何かを察したのだろう、山本はうっすらと涙を浮かべながら首を小さく横に降った。
「い、いやだ……! 俺は、勇者なんだ! こんな、こんな最後……ッ!」
展開された魔法陣は眩しく輝き、光が山本の体を飲み込んだ。より一層眩しさが増し、私たちが目を細めた瞬間、山本が「もっと好き勝手したかった」と小さく叫んだように聞こえた。そして光が落ち着くと、そこに山本の姿はなかった。完全に、どこかへと消えてしまったようだった。
意識を取り戻した店主さんと店の奥に避難していた女将さんが駆け寄ってきて、私たちにしきりに感謝の言葉を述べていた。その中で、私たちは半ば呆然としながら、ポツリと呟いた。
「これが、私たちの特殊スキル……」
「いや、マンマですやん……」




