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対決

 祖父と二人、緊張した面持ちでセシリアが王宮の一角にある会議室の扉を開くと、宰相はじめ外務大臣や内務大臣といった重鎮が並ぶ中、正面に座る金髪の王太子の姿が見えた。

 反対側の扉から入室してきた父親達ウェールズ侯爵家の面々も視界に入ったが、それは無視して立ち止まると王太子へ一礼をする。

 一方、父親の背に隠れ周囲を窺うように見回していたアリーは、金髪の見目麗しい王太子を見つけると媚を売るように微笑んだが、王太子は表情を変えることなく双方へ着席を促した。


 第二王子は学園で何度かカインと一緒にいるところを拝見したことがあったが、同じ金髪の美丈夫でも怜悧と噂される王太子を間近で見たのは初めてだった。

 それに侯爵家の横領の詮議にしては居並ぶ重鎮の数が多すぎる。内務大臣はともかく何故宰相や外務大臣といった役職の者までいるのかと訝しがりながらも、しんと静まりかえった会議室に委縮しそうになる心を叱咤して、セシリアが椅子に浅く腰掛け背筋を伸ばすと、王太子の静かな声が響き渡った。


「これより、ウェールズ侯爵家の資産横領における詮議を始める」


 王太子の開始の言葉を合図に、内務大臣がウェールズ侯爵家からの告訴状を読み上げる。


「訴えによればウェールズ侯爵は、前妻が亡くなったことによるショックで領地経営が出来なくなり、嫡子であるセシリアに当主代行を委ね信頼して任せていたが、先日セシリアが突然侯爵家を出奔。何の前置きもなく出奔した娘に違和感を覚えた侯爵が調査したところ、侯爵家の資産の大半が消失していることに気が付いた。これは資産を横領していたセシリアが事態を発覚することを怖れ逃散したものと考えられる。よって、セシリアの現在の庇護者であるドルトン辺境伯に、セシリアが横領した全ての資産の返金と慰謝料を請求するものとする。ウェールズ侯爵、この内容で相違ないな?」

「はい。相違ありません。私は実の娘に欺かれたのです」


 悲壮に訴える父親の姿に、セシリアの心にチクチクと針で刺されたような痛みが突き刺さる。

 決別を決意したとはいえ、ほんの少しだけ、まだ肉親の情が残っていると思いたかった。けれど父親はどうしてもセシリアと敵対することを望んでいるらしい。

 本当は父親と争いたくなどない。けれど、降りかかる火の粉は払うと決めたのだ。

 セシリアはまだ痛む心に蓋をすると、きっぱりと口を開いた。


「私は誓って横領などしておりません。侯爵家の資産を湯水のように使用したのは私を除くウェールズ侯爵家の方々です」


 反論してきたセシリアに父親は一瞬肩を震わせたが、すぐに勝ち誇ったようにふんぞり返ると唾を飛ばす勢いで怒鳴りつける。


「虚偽を申すな! こちらには証人がいるんだぞ! 王太子殿下、証人を呼ぶことをお許しください」


 父親の言葉に王太子が黙って頷くと、扉の前で屹立していた衛兵が無言で扉を開ける。

 入廷してきたのはウェールズ侯爵家の使用人達で、彼らはセシリアを見ると一斉に口を開いた。


「セシリアお嬢様はいつも豪華なドレスを着ていました」

「いつでも最高級なお茶やお菓子を用意するように言われていました」

「別荘や宝石を頻繁に購入されていました」


 口々にセシリアに不利な発言を繰り出す使用人達に、セシリアが眉を寄せる。


 セシリアのドレスは確かに豪華だったかもしれないが、それは高級品しか着ないアリーや義母が捨てたもののお古だからだ。

 お茶や別荘などを購入していたのはアリー達だが、それらは侯爵家の名前で購入していたため当主代行だったセシリアが買ったと思われても仕方がない。


 だが、ここに登場した使用人は全て義母とアリー付きの使用人であり、証人と呼ぶにはあまりにお粗末な人選であった。それにセシリアを告訴したことといい、父親はまだ義母達の浪費に気が付いていないのかと愕然とする。

 セシリアが沈黙したことで、調子づいた父親は王太子や重鎮達に向かって大袈裟に訴えた。


「私は信頼していた娘に裏切られ、精神的苦痛を受けました。我が妻も娘も、義理とはいえ娘と姉がした仕打ちに打ちひしがれています。本来ならば許しがたい行いですが、セシリアは既に侯爵家を出ていますので、これ以上の罰を与えるつもりはありません。ですが、せめて横領した資産を現金にて返金することと慰謝料位は支払ってもらいたいのです」


 切実な表情で訴える父親に、セシリアがこうなっては真実を突き付ける他はないと腰を浮かせたが隣に座る祖父により遮られる。

 訝しむセシリアに目配せした祖父が黙って前を向くと、それまで黙って聞いていた宰相が父親に問いかけた。


「ウェールズ侯爵の言い分は解った。だが娘が出奔して三ヶ月も経ってから訴えを起こしたのは、横領に気が付かなかったからではないのか? 聞けば横領の金額は莫大で三ヶ月も気が付かないなど普通は有り得ない。侯爵は前妻が亡くなったことによるショックで領地経営が出来なくなったそうだが、既に前妻が亡くなって三年以上経つがその間ずっと年端もいかぬ娘に当主代行をさせていたのか? それにセシリアが出奔した今現在、まさか管理者不在ということはあるまいな?」


 宰相からの思わぬ指摘に父親は目に見えて狼狽えたが、隣に座っていた義母がそっと袖を引くと、ハッとしたように媚びるような笑みを浮かべた。


「そ、それならば問題ありません。実の娘の出奔に寝込んでしまい、横領発覚まで時が経ってしまったのは事実でありますが、既に当主代行として新たな適任者を据えております。実は横領に気付いたのも彼のお陰なのです」

「彼? ウェールズ侯爵には娘しかいなかったはずだが? 遠縁の者でも養子にしたのか? はて、そういった届出は見た記憶はないが?」


 内務大臣が首を捻る中、父親は慌てて両手を振る。


「いえ、当主代行はセシリアの婚約者であったゲイル伯爵家のカイン殿です」


 血筋でもない者が当主代行をしていたことに重鎮達から非難めいた騒めきが起こるが、王太子はフムと顎へ手をやり考え込むと、にこやかに呟いた。


「ゲイル伯爵家のカインか。その者ならば弟から聞いたことがある。そういえば今日は丁度、弟の執務室へ来ていたはずだ。衛兵、悪いが彼をここへ連れてきてはもらえないか?」


 王太子の思わぬ助け船に、父親は喜色を浮かべ、義母とアリーはニヤリとセシリアを見て嗤う。

 しかし当のセシリアはそれどころではなかった。


 カインという名前を聞いただけで、心が脈打つ。

 好きで好きで大好きな、婚約者だった人。

 もう二度と会うこともないと思っていたのに、こんなに早く、しかもこんな形で会うことになるなんて思いもしなかった。


 ドクンドクンとまるで身体を突き破って心臓が飛び出してくるのではないかと思うほど脈打つ身体とは対照的に、能面のように無機質になってゆく表情のセシリアの耳に、やがて扉を開く音が木霊する。


 音がした方向へゆっくりと視線を向ければ、あの日、別れた時と同じ緑がかった黒髪を靡かせ、群青の瞳で会議室を見渡すカインの姿があった。

 居並ぶ重鎮達へ軽く黙礼したカインは正面に座る王太子の前まで来ると、深々と臣下の礼をとる。

 現れたカインへ父親は満面の笑みを浮かべると、後ろから親し気に話しかけた。


「カイン殿、よく来てくれた。君にはこの件で世話になったね。君が横領を指摘してくれて助かったよ、そうじゃなければウェールズ侯爵家は多額の資産を娘に持ち逃げされ泣き寝入りするところだった」

「いえ、私の婚約者であるセシリアに関することでしたから」


 王太子への挨拶をしたカインは父親とセシリアの間にある議場の中央まで下がると、無表情のまま素気なく言い返す。

 カインが無表情なのはセシリアにしてみればいつものことだが、父親は少し驚いたようで、彼の機嫌をとるように、ついでに言えばウェールズ侯爵家当主代行をカインが行う正当性を重鎮達へ見せつけるために、大仰に宣った。


「そうそう、セシリアが不祥事を起こしたせいで君にいらぬ苦労をかけてしまった。お詫びと言っては何だが、君とセシリアの婚約は破棄し新たにアリーとの婚約を認めよう!」

「本当? お父様!? 嬉しい! カイン様~、私達やっと一緒になれます!」


 はしゃぐアリーの横で義母もまた大袈裟に喜びを露にする。


「まぁ、なんて素敵なの! 良かったわね、アリー。横領なんてふざけた真似をしたセシリアに二人の仲を見せつけてやりなさい」

「そうだな。ふざけるのも大概にしてほしい」


 義母に応えて、冷たく低い声音で呟いたカインの言葉に、セシリアは自分が今ここに存在するのかどうかさえわからなくなっていた。

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[一言] うん、義母と義妹の台詞と婚約者の台詞は。 まぁ。 食い違ってるよね、間違いなく。 カイン様、絶対零度〜 ^_^;
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