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出奔

 カインが帰った後、彼に渡した手紙をラブレターだと勘違いしたアリーは「ズルい!」とセシリアの部屋にある小物を投げ捨て、最後に花瓶にあった水を顔面にぶちまけてから出て行った。残された部屋で、セシリアは扉を見つめて呟く。


「お母様、ごめんなさい。私、逃げます」


 手紙の中身も知らずに、いや、仮にそれがラブレターだったとして婚約者に渡すことがどうしてズルいことになるのか、アリーの思考回路が全く不明だと思いながらも「ああ、これはきっと嫉妬だろう」とセシリアは自嘲する。


「きっと私は、あの観劇のように二人の仲を引き裂く姉のように見えるのね」


 昨日カインと一緒に行った観劇の内容を思い出し、セシリアは静かに頭を振った。

 花瓶の水が少なかったので制服の染みはすぐに乾いてくれそうだが、髪はまだ水分を含んでおり、ポタポタと零れ落ちる。

 その雫を振り払うようにセシリアは執務室へ向かい歩きだした。

 思い立ったら吉日、決行は早い方がいい。そう決めたセシリアの行動力は素早かった。


 現にカインの言葉を勘違いしてぐずぐずと迷った結果、二人の仲を見せつけられた愚かな自分が、今また醜い嫉妬心から義妹の粗探しをしてしまいそうになっているのだ。

 アリーは確かに勉強は出来ないが、父そっくりな麗しい見た目のおかげで男子生徒から人気があるらしい。これまでも頻繁に屋敷に男友達が遊びに来ていると執事が零していたのを思い出す。


 観劇のヒロインも天真爛漫さで王子や他の子息達の心を掴んでいた。その逆に悪役令嬢と呼ばれたヒロインの姉は嫉妬からどんどん卑劣な行為に及ぶようになり、ついには暗殺未遂まで起こしてしまうのだ。そんなことをしても王子の心は取り戻せないのに、そうせざるを得なかった悪役令嬢に自分の姿が重なりセシリアは眉を顰めた。


「そうならないためにも、早々に出て行こう」


 嫉妬に狂う自分など考えたくはなかったし、ましてや二人が笑い合う姿など、もう見たくなかった。

 そのためにカインへ手紙を渡したのだ。婚約解消の書類が入った手紙を……。


 それに次期当主としての地位があったからこそ、今まで義母はセシリアに対し窃盗や軽い暴力程度の嫌がらせだけに留めていたが、アリーが伯爵家であるカインと婚約すれば次期当主として王家に認められる。その場合どういう暴挙に出てくるかわからない。しかも義母は最近になって素行の悪い護衛を雇い出していた。

 何も事を起こさせないためには、邪魔者が退散してしまうのが一番いい。

 だから、セシリアは今夜出奔することにしたのだ。


 庭師の男に託した手紙は明日には祖父の元へ届くだろう。カインへ渡した婚約解消の書類もきっと今頃読まれているはずだ。

 あの書類を見て、カインは何を思うのだろう。少しは悲しいと思ってくれるだろうか? セシリアは、そう考えて吹っ切るように頭をふった。


 通学鞄に必要な物だけを詰め終えると、ふと机の上に置かれた本に目がとまり、挟んでいた撫子の栞を抜き取る。

 撫子の花言葉である『純粋な愛』は、報われることはなかったけれど、初恋の欠片を置いていくのは何だか忍びなくて持っていくことにした。

 いつまでも吹っ切れない心に我ながら情けなくなるが、捨てられないのだから仕方がない。


 そう結論づけて、鞄を手にしてそっと部屋から出て裏口へ向かったセシリアだったが、扉まであと少しというところで身を固くする。

 裏口の扉の前には執事と三人の侍女が立ちはだかっていた。


(見つかった……!?)


 悪いことをしている自覚があったため冷や汗が流れるセシリアだったが、よく見れば彼らの身なりが旅装になっていることに気付く。


「え? 貴方たち、まさか……?」


 目を丸くするセシリアに執事と侍女たちは苦笑した。


「お嬢様が行動しなければ、近日中に掻っ攫って辺境伯領へ逃げ出す手筈だったんですよ」

「初めはお嬢様の当主としての適性を見ると仰っていた辺境伯様も、旦那様がお嬢様へ手をあげたことを知った時には怒髪天を衝く勢いでしたしね」

「それでもお嬢様がご自分で動きだすまではと忸怩たる思いで待っていたのです。手紙を託した庭師の男は一番の駿馬で向かったので、今夜には辺境伯領へ到着すると思いますよ」

「さ、奥様が雇った怪しげな護衛に見つかる前にさっさとトンズラいたしましょう!」


 執事と侍女たちの言葉にセシリアはポカンと口を開ける。

 そんなセシリアを促して、執事と侍女はウェールズ侯爵邸の裏口に停めてあった馬車に乗り込むと、仕事帰りの人足や旅人を食堂や宿屋へ誘導する呼子などでごった返す慌ただしい王都の街並みを、辺境へ続く街道へ向かって疾走させていった。


 ◇◇◇


 月明りの下、執事が駆る馬車の中でセシリアは窓の外を眺める。

 あの後、本当は一人で逃げるつもりだったと執事たちに告げると、貴族の令嬢がたった一人で辺境伯領まで行けるほど世の中甘くはないと本気で怒られた。

 思い返せば執事とこの侍女たちだけは家族に蔑ろにされているセシリアを、継母が雇った他の使用人のように嘲りの視線で見ることはなかった。


 ウェールズ侯爵家で食事も身だしなみもセシリアの生活がまともに整えられたのは、間違いなく彼らのお陰だろうことに今更ながら気が付き、申し訳ない気持ちになると同時に擽ったいような温かい気持ちが湧いてきて、謝罪と感謝の言葉を口にすれば何故だか侍女たちに泣かれた。


「侯爵家にいた時は、お嬢様はいっぱいいっぱいだったんだから、仕方なかったんですって!」


 侯爵邸を出る時に『トンズラ』という耳慣れない言葉を使った侍女はオイオイと泣き喚き、隣に座って静かに涙を流していた侍女から「うるさい!」と肘鉄を受けて悶絶する。

 そんな二人に、年嵩の侍女が瞳を潤ませつつも呆れたように溜息を吐いた。


「静かになさい! ここはもう王都じゃないのよ? いつ盗賊や魔獣が出てきてもおかしくないんだか……ら!?」


 同僚を注意した侍女は不自然に言葉を紡ぐと口元へ人差し指を立て、耳をそばだてる。

 その只ならぬ様子にセシリアも他の侍女も緊張して身動きを止めた。

 最近は王都近郊でも盗賊や野党の類が多発しているとお触れが出ていたことを思い出し、不安に駆られる。


 執事が馬を駆る音だけが響く中、耳を凝らしてじっとしていると、段々と近づいてくる蹄の音と喚声にセシリアの身の毛がよだった。


「久方ぶりの上物の獲物だ! 逃がすな!」

「お貴族様の馬車だ! こりゃ期待できるぞ!」

「周りこんで囲め!」


 外から聞こえてきた大声に、恐怖で身が竦みそうになった途端に馬車が急停止する。

 同時に侍女二人はダガーを手に馬車の外へ飛び出してゆき、残った一人は内側から扉を固く閉ざした。程なく剣戟の音が鳴り響き思わずセシリアは目を閉じる。


(どうして私ばかりがこんな目に遭うの? ただ逃げたい、そう思うことも許されないの? 執事も侍女たちも私と一緒に来たために命を落とすことになるの? ……そんなのダメだわ!)


 カッと目を開くと扉の前でセシリアを背に庇う侍女の肩を優しく叩く。侍女が何事かと振り返る腕を掴み座席へ押し倒すと、躊躇うことなく扉を開けて言い放った。


「この馬車の主は私です。要望があるならば私が聞きます。ですから私の大切な臣下に無体な真似はしないでください!」


 馬車を降りつつ凛として発せられた声に一瞬だけ盗賊たちの動きが止まるが、セシリアの容姿を捉えると上物の獲物の登場にニタニタと口角を上げてゆく。

 セシリアが視線を巡らせると執事は奮戦していたが、馬車の外で戦っていた二人の侍女が組み敷かれそうになっていて、唇を噛んだ。


「その者たちを離してください!」


 震えそうになる身体を叱咤してセシリアが発言すると、盗賊たちの厭らしい笑みが一段と深くなる。


「こいつら離せば、お嬢さんが俺達の相手をしてくれるってか?」

「それ、いいね~」

「でも、俺らは盗賊。盗賊は目の前にあるお宝は全部いただく主義なんだっての!」

「残したらバチが当たるからな!」

「ちがいねぇ!」


 どっと喚声が上がり盗賊の腕がセシリアへ伸びる。

 自分が犠牲になれば或いはと思ったセシリアの甘い考えは一笑に付された。

 馬車に残っていた侍女が飛び出して必死にセシリアを庇って応戦するが、払いきれずに伸びてきた手によって制服のシャツの片袖が破かれ肩が顕になる。

 真っ白い肢体が顕になったことで歓声を挙げた盗賊たちに、セシリアは絶望して目を瞑ると、隠し持っていた懐剣を自分の喉元へ向けた。


申し訳ありませんが仕事の都合で明日はUPできません。すみません。

年内完結&短編も投稿する予定です。どちらもよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] テンポが早くて読み易いし、とても面白いです(*^^*) [一言] カインは素直になれないだけの拗らせなのかなぁ。 続きが気になります。 楽しみにして待っています♡
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