表と裏
俺は今日死のうと思う。何度もその結論に至らぬよう努力してきた。しかし今おかれている状況から見れば..
その努力は無駄なものだった。俺が死のうとする理由それは単純、人間の表と裏の存在に気づいたからだ。
最初に気づいた原因は彼女にあった。俺は彼女のことを心から大事にしていた。それは、彼女にも伝わっているものだと勝手に感じていた。しかし、現実は違った。
ある日、公園デートに2人で行った時向こうから歩いてくる1人の男が俺たちの前に止まった。その男は、俺よりもはるかなイケメン、更には勉強にも運動にも優れている、そんなことを感じさせるような容姿をしていた。すると、突然彼女の名前をその男は呼んだ。すると、まるで計画されたかのように彼女はその男に近づきハグをした。「もぅ...遅いよ♡」「ごめん、ごめん」
俺は正直何が起きているか理解できなかった。それは俺の彼女なんだぞ!そう叫ぼうとした瞬間、彼女の口から思わぬ言葉が産まれた。「私、冷めちゃった。今日からこの人と一緒にいるから、バイバイ」そう言い残してその場を去っていった。2人は俺を侮蔑するように笑い声をあげながら。多分その時の俺はショックで何も見えなかったと思う。しかし、これは彼女いや元彼がそういう人だっただけだ。何とかその結論に長い月日をかけてたどり着いた。いや、たどり着かせた。
しかし、メンタルはボロボロだった。そして、次の宗教へと進んでいく。「何かお困りですか?」「不幸があったんじゃないですか?」奴らはそうやって詰めよって来た。正常な人間はそんなものにすがらない。しかし、メンタルボロボロな俺にとって、そこにすがる以外の選択肢がなかった。俺は家族に迷惑をかけないよう、全ての縁を切った。その時、何も言わず縁を切られてしまった。やはり、自分は邪魔な存在なのだと悟った。
入信して数日後、司教様にこう言われた。「神に宝物を捧げなさい。さすれば、あなたは救われるでしょう。」俺はそんな訳で財産の半分を奪われた。ひどい話だ。そう感じ、俺は夜逃げした。しかし、行くあてが無い。財産が尽き、やがて路地裏に倒れこんだ。すると、白衣を着た男が、俺に話しかけて来た。「やぁ、君。相当苦労してるね。家族は?」 「家族とは縁を切り、財産も尽きた。もう生きれやしない。ここで死ぬよ。」「なら、君を助けてあげよう。ついてきてくれ。」俺はさすがに疑った。こいつには裏がある。今の俺には表で取り繕って、後で裏を出して叩き潰す。元彼にも宗教にもやられた。だから、逃げた。しかし、気づくと薬を飲まされとある研究所に収容されていた。そこでは、毎日たくさんの薬を飲ませる実験台として使われた。そうか、こいつらも裏で俺を押し潰す気なんだな。
正直、薬のせいなのか、もしくは単に精神が折れたのかもう分からなくなっていた。そして、人を信じるということをしなくなってしまった。それは、人の裏の顔への恐怖心の表れでもあった。走れメロスの暴君ディオニス、それが俺の状態を表す上で最も分かりやすい存在だろう。結局、人は表だけで人と接しようとはしない。皆、裏を持っている。そんな現実に俺は耐えきれなかった。波の音が聞こえる。今、薬を飲ませるサンプルが脱獄して研究所は困惑していることだろう。ここから落ちればいい。この崖から落ちれば、この現実の終了と引き換えに幸せを手にすることができる。
俺は崖から落ちる間、母のことを思い出した。宗教に入信し、家を離れる直前に母はこう言った。「あなたが幸せならそれでいい。人生が幸せかどうかは私がきめることじゃない。」そう言われた。俺はその内容よりも本心つまり表だけでこのことを言ってくれることに少しの喜びを感じた。ただ...。ただ1つ母に言いたいことがある。別に叫んでも意味は無いが、大きな声でこういった。
俺の幸せは死んでから始まる、と。




