10-4 グリムの死
キールの家近くに駐められた車の中では、カエンが二人の会話を聞いていた。 カエンがグリムに渡したキーホルダーには盗聴器が仕込まれていたのだ。 カエンは一緒に行くと言ったのだが、グリムは一人で行くと言い張った。 それでカエンは車の後部座席に隠れていたのだ。 当然グリムはすぐに気付いたのだろうが、そのまま気づかない振りを通した。
カエンは銃声がした後、愕然とした。 銃声が止んだ後、聞こえてきたのはキールの声だったからだ。 カエンは悲鳴が出そうになって、慌てて口を塞いだ。
(ウソ、ウソよ。 有り得ないわ) カエンは心臓が飛び出すのでは無いかと思うくらい鼓動が速くなった。
キールの家
キールは死体袋を持ってくると、血まみれになったグリムを袋の中に入れた。 そしてその死体袋を担ぐと、ガレージにあったオフロード車に積んだ。 そしてそのまま車に乗り込むと、車を走り出した。 ユーゴは公式には死んだことになっている。 事件にはならないはずだが、一連の事は極秘事項であるため、部下を使うこともできず、自分で処理するしかなかった。
キールの車は30分ほど走って、河川敷に降りてきた。 キールは、本当は山の中に死体を埋めたかったのだが、王都からはどんなに近くとも片道数時間はかかってしまう。 キールはそんなに時間をかけていられなかったのである。 キールは辺りに人がいないことを確認すると、シャベルで穴を掘り始めた。 しかし小石が多く、時間をかけても深く掘ることが出来なかった。 キールは一時間ほど掘ったが、50センチほど掘ったところで諦めた。 キールは死体袋ごと穴に入れると掘り起こした土をかけた。
「ユーゴ、すまない。 だがこれで本当にお別れだ」 キールはそうつぶやくと、車に戻ると、帰って行った。
カエンは気が動転していた。 キールが何かを車に積み込み出かけても、カエンの手は震え、車を運転することが出来なかった。
(落ち着け、落ち着くのよ。 グリムは死んでない、絶対に死んでいない) カエンは自分に言い聞かせた。 カエンは無理にキールを追うことはしなかった。 グリムに渡したキーホルダーには発信器も仕込んであり、位置は知ることができたからである。 カエンは、発信器の電波が途切れない程度の距離を保ちながら後を追った。 キールが河川敷で止まると。 キールからは見えない数百メートル離れた場所に車を駐め、そこから歩いて秘かに近づいた。 土手の草むらの陰から覗くと、キールが穴を掘っていて、その近くには死体袋が置かれていた。 カエンの両目には泪が次々とあふれ出してきた。 その光景を見てもなお、カエンには信じられなかった。
カエンはキールがグリムを埋めて走り去っていくと、急いで車に戻りグリムが埋められている場所まで車で戻った。 カエンは埋められた場所を車のヘッドライトで照らし、小型のシャベルで掘り始めた。
(お願い、生きていて! 神様、お願い! 連れて行かないで!) カエンは必死に掘った。 30分ほどで頭から三分の二ほどまで掘り返すことができた。 埋めたばかりで土が柔らかかったからだ。
カエンは袋のジッパーを開けた。 グリムの顔はきれいでまるで寝ているようだった。
「イヤーーッ!!」カエンは大声で叫んだ。 カエンが両手でグリムの頬を触れた。 大粒の涙がグリムの顔に落ちた。
「うるさいな・・・」 突然グリムがしゃべった。 カエンは驚いて思わず後ろに飛び退いた。
「えっ、えっ、・・・」 カエンは恐る恐る穴をのぞき込んだ。
「俺はどうしたんだ・・・。 体は痛いし、動かないぞ」
「良かった! 生きていたのね・・・・」
「そうか、俺はキールに撃たれて、死んだはずだ・・・・」 グリムはそう言いながら、上半身を起こした。 カエンはグリムに抱きついてキスをした。
「痛い、痛い、怪我人なんだから優しくしてくれ」
「あなたは不死身なの? まったく、どれだけ心配したと思っているのよ」
「俺にも分からない。 俺も死んだと思ったよ」