10-3 キール
グリムはキールのことを考えていた。
(もしもアリアの件も俺が関係しているとすれば、きっと俺がキールに殺されようとした理由に関係しているに違いない。 なぜ俺が王国の未来に関係する? なぜ軍が関与する? 分からない事ばかりだ・・・・)
「カエン、俺はキールに会ってみようと思っている」 グリムはネットを見ているカエンに言った。
「それって超危険なんじゃない?」
「ああ、何か備えがあるかも知れないし、俺がこちらにいることが知られてしまう」
「それが分かっていて、行くっていうの?」
「きっとそこは避けて通れないのではないかと思っている。 奴と決着をつけてやる」
「分かった。 じゃあ、これ持っていてね」 少し考えていたカエンは、グリムにウサギの人形のついたキーホルダーを渡した。
「これは?」
「お守りよ。 必ず持っていてね」
「分かった」そう言うと、ポケットに入れた。
その日の夜、奥まった住宅地の一角にある家の近くの空き地に、グリムは車を駐めた。 カエンに調べてもらったキールの家は、木造平屋建てのこじんまりとした家だった。 軍参謀の収入からすれば、ずいぶん質素だとグリムは思った。
グリムはセキュリティを確認すると、線を切断し庭に侵入した。 カメラも死んでいるはずだが、念のためアクロの力でカメラの角度を変え、死角になるような部分を選んで建物に近づいた。 家の窓から中の光が漏れてきて、人がいることが確認できた。
(一人しかいない。 家族はいないのか?) 人がいるのはリビングだった。 グリムはキッチンの方のドアの鍵をピッキングで開けると、静かに侵入した。 グリムは拳銃を抜くとリビングへ近づいていった。
キール・バウラーは黒い眼鏡をかけ、リビングのソファーで本を読んでいた。 キールは50歳前後で、短く刈り込んだグレーの髪には白髪が混じっていた。 ガッシリと引き締まった体は、未だに体を鍛えていることを示しており、ただならぬ雰囲気を意識的に表に出さないようにしている、という感じだった。
「ユーゴか? 入ってこい」 キールは顔も上げずに言った。 グリムは一瞬驚いたが、さもありなんとリビングに入っていった。 拳銃は下ろさなかった。
「さすがだな。 まだまだ現役でいけるんじゃないのか?」 そう言いながらグリムはリビングを一瞥した。 ほとんど装飾のない質素な部屋だった。
「ありがとう。 私を殺すのか? お前を鍛えた私を・・・」 キールは本を閉じてテーブルに置くと、真っ直ぐグリムを見つめた。
「それはあんた次第だ」グリムは無表情のまま銃口を逸らさなかった。
「まあ、急くな。 夜は長い、久しぶりに会ったのだ、話しをしよう。 何か飲むか?」 そう言うと、キールは立ち上がった。
「座るんだ! 飲み物は要らない。 家族はどうした?」 キールが座り直すと、グリムは向かい側に座った。 拳銃は自分の膝の上に置いた。
「二年前に別れたよ。 遅かったな。 私はもっと早くやって来ると思っていたよ」
「なぜだ。 なぜ俺を殺すように命じた?」
「私の本意ではなかった。 お前は私が育てた兵士の中で最高だった。 自慢の兵士だった。 そんなお前を殺さなければならないのは、辛かった」
「ふざけるな! じゃあ、あんたに命じたのは誰だ?」
「それは言えない」
「なぜだ、俺が何をしたというのだ? 俺は王国のために忠誠を尽くしたのに・・・」
「それは分かっている。 だがお前の存在自体が、まずかったのだ」
「もっと分かるように説明してくれ」
「私の口からは多くは語れない。 ただお前の存在が、王国の根幹を揺るがしかねないと言うことだ。 だから王国の中枢から、お前の排除命令がでたのだ」
「それは、俺の父親が王家と関係しているからか?」
「どうしてそれを、母親から聞いたのか?」
「やはりそうなのか・・・」
「すまないが、とにかくこれ以上は話せない」
「命がなくなってもか?」 グリムは拳銃をキールに向けた。
「ああ、そうだ」 そう言うと、キールはソファーの肘掛けの下に指を這わせた。
(何だ? ヤバイ!)グリムがそう思った時には遅かった。 グリムの座ったソファーの両側の肘掛けの中から銃弾が連射され、グリムの体に数発の銃弾がめり込んだ。
「グハッ!」 グリムはそのままソファーに倒れ込み、動かなくなった。
キールは眼鏡を外して本の上に置くと、何事も無かったように言った。
「ユーゴ、お前は実に優秀な兵士だった。 だが、一つだけ欠点がある。 それは武器を持たない者を撃つことにためらいが出ることだ」