2-6 山の神の審判(3)
何日過ぎたのかは分からなかった。 恐らく5日は過ぎているだろうと男は思った。 その間に獲物は、ネズミのような動物を2回、蛇のようなものを1回捕まえた。 そして巨大なトカゲのような魔獣やムカデのような魔獣に襲われた。 どちらも何とか倒す事が出来たが、その時に受けた傷のせいか、それとも食べた物のせいかは分からなかったが、ひどい頭痛、嘔吐、腹痛、下痢、発熱に襲われた。 体が異常な暑さと寒さを交互に感じ、意識が朦朧としてきた。
(俺はもうダメかも知れない。 ペックとの約束は守れないかも・・・・) 男は死を覚悟しながら、寒さに震えていた。
“名なし”が目覚めると、暗闇の遠くに光の差し込みが見えた。 男が立ち上がりふらつきながら、光の方に吸い寄せられるように歩いて行った。
(なんだ、出口? もう10日過ぎたのか?) 男は意識がはっきりしないまま光の中に入ると、そこは外だった。
まばゆい暖かい日差しの中、膝下くらいの草が生い茂る草原に黄色の花が咲き乱れていた。 気持ちの良い微風が頬をなでていった。 男は空腹で力も入らず、ふらつきながらも草原の中を歩いて行った。
(これは現実なのか? 夢なのか? それとも俺は死んだのか?)
しばらく歩いていると、赤い実のなった木が何本も生えているところにたどり着いた。 ナスのような形の赤い実がいくつもなっていた。 男は手を伸ばし一つもぎ取った。 匂いをかいだが微かに甘い香りがした。
(食えそうだな) そう思うと、一口かじってみた。 少し渋みが口の中に残ったが、甘酸っぱくてうまかった。 男は夢中になって貪り食った。 続けざまに3つ食ったところで、少し落ち着いた。 体中に英気が巡ってくるのを感じた。 両腕は赤い果汁でべとべとになっていた。
(喉が渇いたな。 水が飲みたい) 男は小川が流れていないか辺りを見渡した。 川はなかったが、果樹の後ろの岩山の割れ目から水が湧き出していた。 男はその湧き水の方へ歩いて行った。 不思議なことにその水は、金色に輝いていた。
(何だこの水は? 飲んでも大丈夫だろうか・・・) 両手ですくってみた。 匂いをかいだが、臭くはなかった。
「死ぬぞ! それ飲んだら・・」 後ろから声がした。 男が振り向くと、そこには不思議な生物が立っていた。 薄紫色の毛が全身を覆った巨大な猫のような狸のような生き物だった。 二本足で立ち、身長は3メートル異常あるだろう。
(魔獣? いや、禍々しさや敵意は感じられない。 この山の主?)
「話しかけたのはアンタかい?」
「そうだ。 お前は何者だ?」
「分からない。 人からは“名なし”と呼ばれている」
「そうか」紫の獣はじっと男の顔を見つめた。
「アンタはこの山の神か? それともこの辺りの魔獣の王か?」
「違う。 だが全然違うとも言えない」
「良く分からないな。 その姿は真実の姿なのかい?」
「この姿が気になるのか? ふっ、些末なことを気にする奴だな。 この姿に大した意味は無い。 見える形で姿があった方が、話しやすいと考えただけだ。 人の姿の方が良かったかな」
「目的は何だ!」 男は紫の獣の意図を探ろうとした。
「そう構えるな。 私の庭に珍しい客が来たようなので、話をしたいと思っただけだ」 そう言うと笑った。
「なるほど、お前の事は分かった。 全く、人どもはくだらない事を繰り返す。 お前も不運だな」
「私が何者か分かるのか? 教えてくれ、私は誰なのだ!」
「慌てるな、いずれ分かる。 今は知らない方が良い」そう言って教えてはくれなかった。
「さっき、この水を飲むと死ぬといっていたが、毒なのかい?」
「毒と言えば毒かも知れない。 これを飲むと全身に異変が起こり苦しみ出す。 大抵の者は、その苦しみに耐えきれず死んでしまう。 だがこれを飲んで耐えきる事が出来れば、大いなる力を得ることになる」
「大いなる力? どんな力だ?」
「それは人によって違う。 どうするね」
「俺は死ぬ訳にはいかない」
「ほう、お前は多くの者の命を奪っているのに、自分の命には執着するんだ」
「そうなのか? 俺は多くの人達を殺してきたのか? 俺は自分の命が惜しい訳ではない。 だが、俺の命を救ってくれた人達と約束したのだ、生きて戻ると・・・」
「なるほど。 だがこれだけは教えてやろう。 お前がこの先生きていても待つのは苛酷な運命だ。 お前の回りには多くの死が訪れる」
「それは俺が、今後も多くの人を殺すと言うことか?」
「詳しくは話せない。 だが死ぬほど苦しく悲しい思いをしなければならないと言うことは確実だ。 だがそれは多くの命を救う事でもある」
「良く分からないな。 結局俺は生きた方が良いのか、死んだ方が良いのか?」
「それは自分で決めるのだ。 だが今後お前が生き抜くには、大いなる力が必要になるだろう」
「・・・・・」 男は迷った。
「どうする?」また笑った。
「この水を飲まなかったら?」
「死ぬことになるだろう」
「ふっ、結局死ぬんじゃないか」 男も笑い、決心したように泉に近づき、黄金の水を両手ですくって一気に飲んだ。
「面白い男だ。 お前がどう困難に立ち向かうのか見てみたいものだ」
男は、急に動悸が激しくなり呼吸も苦しくなってきた。 目の前が真っ暗になり、意識を失った。




