9-8 暴動(1)
グリムは鍵を開けて房から出てくると、他の房に入っている人達が騒ぎ出した。
「オイ、俺も出してくれ!」 隣の男が言った。 グリムは隣の金髪の若い男の房の鍵も開けた。
「助かった! さあ逃げようぜ!」 男は扉の方へ向おうとした。
「まだだ。 このまま逃げ出してもすぐ捕まってしまう。 他の人達も出してやれ。 他の部屋にももっといるはずだ。 逃げ出す者が多くなればそれだけ警備員が手が回らなくなり、脱走成功率が上がる」 そう言うと鍵を渡した。
「分かったよ。 それで、あんたはどうするんだ?」
「俺はもっと混乱を大きくする。 いいか、もうすぐ俺の仲間が、北側の塀に穴を開ける。 そこから逃げるんだ。 穴が開くまでは塀に近づくなよ」 グリムは男に念を押した。 その時部屋に大きな警報が響き渡った。
「早くしろ、警備員がやって来るぞ!」 そう言うと、グリムは部屋を飛び出した。
グリムは廊下を製剤研究棟の方へ走った。 廊下の片側がガラスになっており実験室の様子が見える部分があった。 グリムはその内部の様子に驚き、思わず立ち止まってしまった。 そこにはグリム達が入っていたのとは比べものにならないような太い格子の檻が幾つも並んでおり、その中には獣とも魔獣とも思えるような不思議な生き物が、太い鎖で繋がれていた。
(なんだ、こいつ等は・・・・。 魔獣か?)
グリムはすごく気になったが、気を取り直して再び走り始めた。 建物中に甲高い警報音が鳴り続けた。
グリムが実験棟から製剤研究棟への連絡通路を通っている時、窓から外が見えた。 外は完全に暗くなっていた。 そしてグリムが製剤研究棟に近づいたとき、外の空き地に突然爆発が起きた。
(カエンだな) グリムは昨日、王都のヒューズ・アンティークという店でRPGロケットランチャーを仕入れていた。 カエンの役目はそれを使って、警備員達の注意を外に向けることと、分厚く高い塀を破壊し脱出路を作ることだった。
カエンの潜む北側の森
(ああん、ダメだ。 こんなの使ったことが無いから、狙ったところへ行かないわ) カエンは塀を狙ったのだったが、塀を跳び越え中の空き地に着弾したのだった。 だが結果的には、これが功を奏することになった。 研究所の警備員達は実験体達の脱走だけじゃなく、敵の攻撃に見舞われ、対応策に右往左往しだしたのだった。
グリムは製剤研究棟に入った。 しかし更に中の研究室に入るには、セキュリティカードが必要だった。 グリムは意識を集中した。 近くの研究室の一つから人の気配がして、扉の方へ歩いてくるのが感じられた。 グリムは扉の側で、開くのを待った。 扉が開くとすかさずグリムは部屋に飛び込んだ。 出ようとしていたのは、黒いメガネをかけた若い女だった。 女はグリムにぶつかられ、後ろによろめきながら下がった。
「命が惜しかったら、とっとと逃げた方が良いぞ」
「あなたは・・・」
「話しをしている暇はない」 グリムがそう言うと、女は慌てて部屋の外へ出て行った。 グリムは靴のかかとを外し、中からステック状のメモリーを取りだし、近くで起動しているPC端末に差し込んだ。 これはカエンに渡された物だった。
「いい、内部の端末にこれを差し込んで。 これは端末内部にあるパスワードがかかっているファイルを検索して、勝手にコピーを始めるわ。 更に、イントラネット上にウイルスを拡散してデータを破壊していくの」 昨夜カエンが、グリムにメモリーを渡した時に言った言葉だった。 ディスプレイに進捗を示すグラフが現れた。
(あと数分かかるはずだ)
グリムはメモリーステックにファイルのコピーが行なわれている間に、実験台の棚にある薬品を調べた。 そこに高純度のエタノールを見つけた。 グリムはビンの蓋を開けて中身を床にまいた。 そして火を点けた。 火は一気に床面に広がった。 グリムは他にも有機溶剤の入った棚を、そのまま火の点いた床の方へ倒した。 大きな音とともに幾つものガラスビンが割れ、中の溶剤が燃え上がり、炎が一気に天井まで届いた。 グリムはメモリーのコピーが完了したのを確認すると、それを端末から抜いた。