9-6 潜入(1)
翌日の夕方、グリムが他の調査から戻ってくると、カエンに言った。
「エイラさんには、報告したのかい?」 今日が報告日だったのだ。
「言えなかった・・・・」
「なぜ」
「なぜって、『あなたの旦那さんは軍にさらわれて、研究所で人体実験されています』なんて言える訳ないでしょう」 カエンは切れ気味に言った。
「カエン、冷静になれ。 これはビジネスだろう? 『調査の結果、残念ながら見つけることは出来なかった』と言えば良いんだ」
「冷たいのね。 あなたの大事な人、アリアさんが捕まっていても、何も出来ないって言うの?」
「うぐっ、それは・・・・。 もしもアリアが捕まっていたら、必ず助け出す。 俺の命に替えてもだ」
「そう、あたしは?」
「も、もちろん助け出す」
「ありがとう!」 カエンが微妙な笑顔で笑った。
カエンはしばらく考え込んでいたが、真顔になると決心したように言った。
「あたし、研究所に潜入するわ!」
「何!」
「やっぱり、許せない。 証拠をつかんで、世間に公表してやるわ」
「ダメだ! 死ぬぞ!」
「大丈夫よ、あなたがいるから」
「はあーっ、なんか意固地になっていないか? 俺を超人だとでも思っているのか?」
「そうよ、あなたは特別よ! サイクロプスの時だってあたしの願いを叶えてくれたじゃない」
「・・・・・・・」
「あたしもすごい無茶苦茶なことを言っているのは分かっている。 あなたをすごく危険にさらしていることも分かっている。 だけど、奴らをこのままにしておいたら、益々犠牲者は増えるばかりだわ。 そんなの見過ごせない」 カエンは泣き出した。 グリムはしばらく黙って考えていた。
「分かった、やろう。 ただしやるのは研究所の破壊だ。 前にも言ったが気づかれずに情報だけ盗むなんて無理だ。 俺がやるのは敵拠点への潜入、破壊工作だ」
「分かったわ。 私は何をすればいい?」
「まずはあのバンの連中の居場所をつきとめてくれ。 それと研究所の図面だ」
「分かった、必ずつきとめてやるわ」
翌日、グリムはクレイにプリペイドの電話を使って、電話をかけた。 クレイは見知らぬ番号からだったので、出ないつもりだったが気になり結局でた。
「やあ、兄弟」
「えっ、グ・・、やあ元気そうだな」 クレイはすぐにグリムの意図に気付いて、盗聴されているという前提で話すことにした。
「どうした?」
「実は、子どもにおもちゃを買ってやろうと思うんだが、どこか良い店を知らないか?」
(おもちゃ? 武器のことか? 武器商人を教えろと言うことか)
「どんな子どもだ?」
「王様に憧れているんだ」
(王様? 王都にいるのか・・・)
「そうだな、ちょっと待て、すぐには浮かばない」 そう言うとクレイはPC端末を操作した。
「ブレイス通りにある店が良いだろう。 住所は482の361だ。 そこの店主に相談すれば、きっと望むような物が見つかるだろう」
「そうか、ありがとう。 またそのうち、飲みに行こう」 グリムは電話を切った。
グリムは端末で地図を開くと、そこに482361と座標を打ち込んだ。 この番号は番地ではなかった。 すると地図は王都の街中の一点を表示した。
(ヒューズ・アンティーク。 ここか) グリムは端末を閉じると、車を走らせた。
その夜、グリムが帰ると、カエンが抱きついてきた。
「見つけたわよ、あいつ等!」
「そうか」
「研究所の図面も手に入れたわ。 これよ」 カエンはプリントアウトしたものを渡した。 グリムは図面を眺めながら、しばらく黙っていた。
「どう? 何とかなりそう?」
「うーん、見れば見るほど、容易ではないことが分かった。 これを見ろ。 周囲は高さ20メートルの壁に囲まれ、さらに上部には有刺鉄線が張られ、しかも高圧電流が流れている。 敷地の4カ所には監視塔があり、これは研究所というよりは、刑務所かちょっとした軍事基地のようだぞ」
「じゃあ、諦めるの?」
「諦めはしない。 一度やると言ったからにはやるさ。 だが、これでやり方は決まった」
「どうするの?」
「作戦はこうだ」 グリムは考えを話した。