2-5 山の神の審判(2)
“名なし”はどのくらい時間が経ったのか分からなかった。 日の光は入らないし、洞窟の中は気温の変化はほとんど無かった。 自分の体内時計、と言っても空腹具合だけだが、それでは半日以上は経っているだろうと考えた。
(水はなんとかなった。 あとは食料を調達しなければならない) “名なし”は立ち上がると、地底湖の縁を回って洞窟の奥に進んだ。
しばらく進むと、岩の影に黒い塊を見つけた。 よく見るとそれは、蛇のような生き物だった。 背中に赤いまだら模様があり、不気味な姿で男を威嚇した。 “名無し”は素早くその生き物の頭の付け根を押さえた。 その生き物は体をくねらせ、腕に絡みついた。 男はナイフを取り出すと素早く頭を切り落とした。 首から血が噴き出し、転がった頭はしばらく口をパクパクさせていた。
(すまない。 俺もまだ死ぬわけにはいかないんだ) 男は手際よく腹を割き、内蔵を取りだし、皮を剥いだ。 そして水路のようになったところで洗うとそのままかじりついた。
(火を通したかったが、火は起こせない。 腹をこわす恐れはあるが、贅沢は言っていられない。 不思議なのは、初めての事のはずなのに、さほど抵抗がないことだ。 俺は過去に同じような経験をしているのだろうか)
“名なし”は空腹で目が覚めた。 何時間眠ったのかは分からなかったが、さほど長時間ではなかったろう。 起き上がると、また奥に進み始めた。
(今は二日目か、三日目か。 正確な日数の経過は分からないまでも、10日目近くには入り口のところまで戻っていなければならない。 帰り道は分かるようにしておかなければ・・)
それは突然襲ってきた。 “名なし”が壁に沿って進んでいると、横穴から黒い槍のようなものが突然突き出されたのだった。 男は直前で危険を察知し、かろうじて攻撃をかわした。 慌てて下がると、横穴から魔獣が出てきた。 全身が黒い針というかトゲのような物で覆われたウニのような生き物だった。 長い6本の足を持ち、見かけよりも素早く動いた。 中心のところに4つの赤い目と思われるものが見えた。
(そうか、今度は俺が狩られる番か。 お前も生きなければならないからな) 魔獣は男の正面に向き合うと、距離を測るように近づいてくると、突然トゲを伸ばして攻撃してきた。 男は初撃でこの魔獣の特性を理解したため、冷静に攻撃をかわした。
(お前には悪いが、俺もまだ食われてやる訳にはいかないんだ。 とは言え、どうしたものか。 ナイフでは届かないし、あのトゲは厄介だ。 もしかしたらあのトゲには毒があるのかも知れない)
男は取りあえず攻撃をかわしながら逃げるしかなかった。 岩陰や横穴に隠れながら攻撃をかわしていると、魔獣が苛立ってきたのか内部が青く光り始めた。 そして回りのトゲの間で細かな放電が幾つも起きていた。
(もしかしたら、そう言うことか。 何とかなるかも知れない) 男は地底湖のところまで逃げた。
“名なし”は魔獣に地底湖の間際まで追い詰められた。 魔獣の赤い目は更に輝きを増し、まるで勝ちを確信しているかのようだった。 魔獣がトゲを伸ばした瞬間、男はそれをかがみ込んでかわすと、魔獣の脇をすり抜けた。 そして壁際まで走り壁面を蹴って空中に飛び上がると、低くなった天井部分にあったつららのような鍾乳石を蹴った。 その鍾乳石は折れ、魔獣の体に落ちてきた。 鍾乳石は魔獣の体に突き刺さり、驚いた魔獣はその拍子に足を滑らせ、地底湖に落ちた。 その瞬間、魔獣の体で“バチッ!”という音がしたかと思うと火花が散った。 そして次の瞬間、魔獣は体を痙攣させたかと思うと、動かなくなった。 自分の体で起こした電気で感電したのであった。 魔獣の体は透き通った水の中に静かに沈んでいった。