9-3 調査(1)
その日のうちに二人は、マーフの身辺調査に着手した。 マーフは建設現場で働く作業員だった。 カエンはマーフの会社や現場の周辺を縄張りとする犯罪組織など、トラブルに巻き込まれそうな要因を探ることになった。 グリムは職場の同僚やその周辺での聞き込みを開始した。
三日後の夜、事務所
「お帰りなさい。 どうだった?」 カエンが疲れた様子のグリムを迎えた。
「今日も大した収穫はないな」 グリムはドカッとソファーに座った。 カエンはコーヒーのカップを二つ持って、向かいに座った。
「一度情報を整理しましょう」 カエンはそう言うとコーヒーを一口飲んだ。
「じゃあ、俺の方から。 マーフ・コーエンは25歳、3年前から建設会社であるフーバー社に非正規社員として働いている。 ウエンズ街にある現在のビル建設現場へは半年前から通っている。 性格は温厚で人ともめるようなことはほとんど無く、悪く言うものはいなかった。 失踪した当日もいつもと特に変わらず、帰りに同僚とビールを一杯ひっかけたが、すぐに帰ったと言うことだ」 グリムはメモ帳を見ながら話した。
「じゃあ、個人的に恨みを買ったと言うわけではなさそうね」
「そうだな、帰る途中で何らかのトラブルに遭遇したと考えるべきだろうな。 あるいは人身売買の組織に目を付けられたか」
「そうねえ、だけど本当にそうなのかしら」 カエンは考え込んだ。
「なぜそう思う」
「私の方は、あの辺りを縄張りとする犯罪組織、“ツインズ”を調べて見たわ。 中規模の組織で、人身売買もやっていたけど、最近の売買履歴にマーフは無かったわ」
「偽名で登録されたのではないのか?」
「それは無いわね。 オークションにかけられた者は、所有権を明確にするために登録されるし、履歴も残るのよ」
「と言うことは、秘匿する必要があったのかもしれない。 秘密裏に個人間で売買されたのでは?」
「その可能性はあるわね。 あっ、そうだ。 これを見て欲しいの!」 カエンはそう言うと、PC端末に映像を映した。
「私はマーフの帰り道にある監視カメラを調べて見たの。 そしたらこんなものが見つかったわ」 カエンはハッキングで、監視カメラのデータにアクセスしたのだった。
それは街の通りに取り付けられたカメラからの映像だった。 夕闇の中をマーフと思われる男が通りの向こう側を右から歩いてきた。 そのすぐ後ろにはもう一人の男が歩いていた。 マーフがビルとビルの間の路地にさしかかった時、後ろの男が突然、マーフを路地の方へ突き飛ばした。 マーフはよろけながら路地の方へ入って行くと、そこには紺か黒のバンが停まっていて、そこに立っていた二人の男が素早くマーフの腕をとると車に押し込んだ。 その間ほんの数秒だった。 そのまま男達も車に乗り込むと、ドアが閉めきられる前に車は走り出した。
「どう思う?」 グリムはカエンの問いには答えず、黙ってもう一度再生させた。
「こいつ等はチンピラなんかじゃないぞ」
「えっ! どうしてそう分かるの?」
「こいつ等の動きだ。 全てが事前に計画されていて、動きに一切の無駄がない。 何度もシミュレーションしたのだろう。 それにこの体つき、動き、こいつ等は兵士だ」
「何ですって! どうして軍が関わってくるの?」
「分からない。 ただ一つ言える事は、軍が関わっている以上は、これは単純な誘拐事件ではすまないということだ」
「軍が誘拐するなんて、信じられない・・・・・」
グリムはコーヒーを飲みながら考えた。
「カエン、これが潮時だ。 これ以上深入りは危険だ」
「えっ、やっと手掛かりが見つかったのに、これでやめろって言うの! エイラさんになんて報告するのよ!」
「これ以上踏み込んだら、取り返しのつかないことになるぞ」
「・・・・・・」 カエンは黙って拳を握り締めた。




