9-2 新しい仕事
3カ月後
グリム達の新しい生活は、平穏だった。 カエンは『シオン探偵事務所』を3階に開いた。 事務所の中は、カエンの机と応接用のソファーとテーブル、壁際に腰の高さぐらいのキャビネット、壁には小さな額縁の風景の油絵が飾られていた。 日中はシックルも一緒に出勤し、通常はソファー、客がいるときは日の当るキャビネットの上が定位置だった。 レッドアイズもグリム達の手掛かりをつかめていないのだろう、今のところ気にかかるような兆候は見られなかった。
カエンは実に有能なビジネスウーマンでもあった。 グリムは開業したての探偵事務所になど、依頼は来ないだろうと思っていた。 ところがカエンは出来るだけ金をかけずにうまくネットを使って効果的にPRを行なった。 その結果、仕事が途切れるような事は無かった。 もっとも仕事の多くは、浮気調査や逃げたペットの捜索依頼がほとんどだった。 カエンが接客や依頼内容の聞き取り、事務処理関係を担当し、グリムが調査や捜索に出かけた。 グリムも監視や尾行については詳しいし、グリムの能力は、隠れたペットを探すのにも役だった。 またカエンはネット端末を駆使し様々な情報を集め、グリムをサポートした。 そして応援が必要な時には、カエンとグリム、二人で調査活動を行なうのだった。
ある日の午後、カエンの事務所
二十代後半の女性が訪れた。 女性は疲れた様子で、髪も乱れていた。 女性はカエンに招き入れられ、ソファーに座るやいなや思い詰めた顔で話し始めた。
「探してください! うちの人を・・・」
「落ち着いてください。 詳しくお話伺いますから」 カエンは落ち着かせるためにコーヒーをいれた。 その日は仕事が空いていてグリムも事務所にいた。
「私の名前はエイラ・コーエンです。 実は夫のマーフが三日前から帰ってこないのです」
「失踪したということですか」
「職場の同僚が、三日前の夕方に見たきりだと言うのです」
「失礼ですが、旦那さんは何か悩んでいたと言うことはありませんでしたか?」
「マーフが自分から姿を消したと言いたいのですか! 彼は私や子どもを置いて姿をくらますような人ではありません」
「いえ、決してそう言うことではありませんが、あらゆる可能性を考えてみる必要があるのです」 カエンは慌てて言った。
「事故ということもあり得ます。 警察に相談はされましたか?」
「事故はありませんでした。 警察は、それ以上は相手にしてくれませんでした」
「えっ、それって・・・・」
「IDがないからです・・・」
「すみません」
「いいんです。 でもIDが無い者は、探してくれないのですか?」
「そんなことはありません。 ですがお金がかかります。 最低でも1日20グラン、それに経費が加算されます」 カエンは申し訳なさそうに言った。
「ここに100グランあります。 これで探してもらえますか?」 エイラはすがるような目で頼んだ。 カエンはグリムの方を見た。 グリムは黙って頷いた。
「分かりました、引き受けましょう。 しかしこれだけは覚悟しておいてください。 無事に見つかるとは限りませんし、見つからないと言うことも十分あり得ることを・・・」 カエンは酷なようだが、変に期待だけ持たせることは良くないと考えたのだった。
「分かりました・・・」
「それでは最近の旦那さんの行動をお聞きします」 カエンは手掛かりになるような事項を細かく聞いていった。
「どう思う?」 カエンはエイラが帰った後、グリムに聞いた。
「嫌な予感がする。 自発的な失踪でも、事故でもないとすれば、考えられるのはトラブルに巻き込まれたと言うことだ。 トラブルでさらわれたとすれば、関わってくるのは犯罪組織だろう。 もしそうであれば、もう生きていない可能性が高い」
「そうね・・・」