8-8 逃避行(3)
グリム達は北西に向った。 その日の宿泊場所は、小さな湖の岸辺だった。 町のホテルに泊まることはできた。 だが、それは敵の予想の範囲にも入るはずだ。 ホテルをあたられたり、監視カメラをチェックされれば、足取りをつかまれてしまう可能性が高い。
グリムが薪になるような枝を集めてくると、カエンが火を起こしてフライパンで肉を焼き始めた。 なぜかカエンはすごく楽しそうで、逃亡者とは思えなかった。
「楽しそうだな」
「楽しいわ。 あたしね、こういうことをしてみたかったの」
「のんきなものだ・・・」 グリムはそう言いながら薪をたした。
夕食のあと、たき火の側でコーヒーを飲んでいる時に、グリムが思いだしたように聞いた。
「母さんの様子はどうだった?」
「ああ、ごめんなさい。 バタバタしていて忘れていたわ」
今日の午前、カオル・ケンシンのアパート
チャイムが鳴ったので、カオルがでるとそこには作業服を着た若い女性が立っていた。
「おはようございます。 ガスの点検で参りました」 女性はそう言うと社員証を提示した。 しかしそこにはメモが貼ってあった。 メモには“息子さんの指示で参りました。 盗聴されていますので合わせてください”と書いてあった。 カオルは一瞬驚いたが、すぐ状況を理解した。
「ああ、ありがとう。 どうぞ入ってください」 そう言って女を入れると、カオルはテレビを点けて、音量を少し高めにした。 カエンはキッチンの方へいくと点検をしているふりをした。
「どこか不具合はございませんか?」
「ああ、そうね。 ちょっとガスレンジの調子が悪いのよ」 カオルは説明するふりをして近づいた。
「息子さんは元気です。 監視がいるので会いに来られません」 カエンはガスレンジをみるふりをしながら小声で話した。
「それを聞いただけで、安心しました」カオルも小声で応えた。
「ああ、ここですね。 汚れが詰まっているところがあります」 わざと大きめの声で言った。
「息子さんから、預かり物です」 また小声で言った。
「一応清掃しておきましたので、大丈夫かと思いますが、この機会に新しくされてはいかがでしょう。 今ならキャンペーン中で粗品を差し上げております」 そう言うと持参した紙袋を渡した。 カオルは中身を見て驚いた。
「そう言われても、困ります・・・・」
「そうですか、でも粗品は差し上げます。 ティッシュペーパーですので、お使いください」大きめの声で言った。
「私のことは心配しないように伝えてください」カオルは小声で言った。
「はい。 では点検は以上になります。 ここにサインをお願いいたします」
カオルは引き出しから高級なペンを取り出すと、それでサインをした。
「これをユーゴに・・・。 父親の形見です」 カオルは小声で言うと、カエンに渡した。 カエンは無言で頷き、受け取った。
「それでは失礼しました」カエンはアパートから出てきた。
カエンはグリムに母親から渡されたペンを渡した。
(親父のペン・・・・) グリムはじっくり見つめた。 黒に金の装飾の入った明らかに高級そうなペンだった。
「グリム、キャップのところを見て」 グリムがよく見ると、そこには黄金の鷹が翼を広げた紋章があった。
「これは・・・」
「そう王家の紋章よ。 あなたのお父様は王家の関係の人なの?」
「いや、分からない。 母さんは、父さんのことはいつも笑うだけで、何も教えてくれなかった」
「えっ、父親が分からないってこと? だってマイクロチップには父親の情報も入っているはずよ。 父親が誰か分からないとIDは発行されないもの」
「俺のチップには、父親の欄は“非開示”になっていたんだ」
「えーっ、そんなことがあるの。 と言うことは、父親が誰か分からないんじゃなくて、秘匿されているってことよね」
「・・・・・」
「何者なんだろう。 王家の誰かということ?」
「そう言えば昔、母さんは王宮で働いていたと聞いたことがある」
「あなたがレッドアイズに追われることと、何か関係があるのかも知れないわね」
(俺は指揮所襲撃の件で指名手配になっていると思っていたが、そもそも別の理由なのか? そうだとすれば、キールが俺を殺させようとしたことと関係があるに違いない)
車は後部シートを倒すとフラットになり、大人二人が横になることが出来た。 しかし二人が寝るには窮屈な感じだった。
「ここに二人で寝るのか?」
「そうよ、何か問題ある?」
「あるだろう・・・」
「あら、あたしは気にしないけど・・」
(それはどう言う意味だ?)
「俺は前に寝るよ」
「あら、そう。 じゃあ良いわよ、あたしはシックルちゃんと一緒に寝るから。 ねぇー」 そう言うと、シックルを抱き寄せた。
「ナァーー」と鳴くとカエンの顔をなめた。