8-6 逃避行(1)
カエンが迎えに来ると、グリム達はその足でクレイの邸に向っていた。 カエンが迎えに来るまでの間に、クレイに状況を報告していたのだ。 そこでクレイが至急邸に来るように言ったのだった。 グリムも、逃げるとしてもクレイには会っておく必要があると判断したのだ。
クレイの邸
「良く無事だったな」 クレイはウイスキーのボトルとグラスを二つ持ってきた。 カエンは車の中で待っていた。
「奴らの誤算は、一人で来たことだ。 三人で来ていたらやられていた」
「どうするつもりだ、これから」
「姿をくらます」
「そうか、残念だ。 何としてもお前を幹部にするつもりだったのに・・・・」
「それは断る」
クレイは自分のソファーの脇にあった紙袋を、テーブルの上に載せた。
「お前との契約の残金、5千グランは振り込んでおいた。 これはボーナスだ。 10万グランある。 逃亡生活になるなら、現金の方が良いだろう」 黒い紙袋の中には、札束がぎっしり入っていた。
「こんなに、・・・。 多すぎる。 それに契約は完了していないぞ」
「お前は十分過ぎるほど働いてくれた。 俺にはこれでも少ない位だと思っている」
「すまない・・・」
クレイはグラスにウイスキーを注ぐと、一つをグリムに渡した。
「昔の地球では、血の繋がらない者同士が義兄弟になるときには、酒を酌み交わすらしい。 俺達は兄弟になろう。 俺はお前が好きだったし、信頼していた」
「俺もアンタが嫌いじゃなかった。 悪党だがな。 だが、死神と呼ばれているような奴と兄弟でいいのかい?」
「悪党にはちょうど良いだろう。 じゃあ決まりだ。 今日から俺達は五分と五分の兄弟だ」 二人はグラスを揚げると一気に飲み干した。
「兄弟、俺はどこに行くのかとは聞かないぜ。 知らなければ、万一奴らに捕まって拷問を受けても答えられないからな」
「奴らには関わるな。 何を聞かれても知らない、関係無いということで通してくれ」
「分かった。 お前も死ぬなよ」 そう言うと二人はハグした。
グリムのアパートに向う途中でカエンが聞いた。
「これからどうするつもり?」
「朝に大家と話をして、昼までにはこの街を出るつもりだ」
「行くあてはあるの?」
「いや、まだ何も考えていない」
「・・・・・」 カエンは何か考えているようすだった。
「そうだ、悪いがもう一つ頼まれてくれないか?」
「なに?」
「この住所にカオル・ケンシンという女性が住んでいる。 俺の母親だ。 彼女に後ろの紙袋を渡して欲しい」
「何なの?」
「金だ。 10万グランある。 その内1万グランはカエンにやる」
「なぜ? もらう理由がないわ」
「今までのお礼だ」
「お人好しね。 私が全部ネコババするとは考えないの?」
「君はそんなことはしないさ」 グリムは笑った。
「どうしてそう言えるの? 私の事なんか何も知らないくせに」
「確かに・・・。 でも君はそんなことはしない」
「バカね。 分かったわ、明日の朝持っていってあげる」
「ありがとう。 だが気をつけてくれ。 母さんの周りには監視が付いている」
「大丈夫、うまくやるわ」
アパートの前に着いた。
「奴らが今夜のうちにまた襲って来ると言うことは考えられないの?」 カエンは心配そうに言った。
「それは大丈夫だと思う。 今回カールが一人で来たのは、俺がここにいると確信があった訳では無いからだ。 だから上への報告も確証が得られるまでしていないと思うんだ。 ただ奴の定時連絡が途絶えた時点で、それは確信に変わる。 そうなれば今度はチームが送り込まれるだろう。 それでもここまでたどり着くまでには二、三日かかるはずだ」
「なるほど。 じゃあ、お母様の様子を話してあげるから、あたしが来るまで逃げ出しちゃだめよ」
「分かった」
部屋に戻ると、シックルはいなかった。
(またばあさんの所か・・・) グリムはベッドに横になるとそのまま眠った。