8-3 対決(1)
カエンの隠れ家
グリムは抗争の後も、お互いに情報交換を続け、カエンの仕事について様々な助言も行なっていた。
「あなたの言うとおりだったわね」 カエンはコーヒーをいれながら言った。
「何がだ?」
「ギャング達のことよ。 この前の抗争で街が静かになるかと思ったけど、勢力図が塗り替えられただけだわ」
「だが何も変わっていないと言うわけではない。 クレイは人身売買と薬物の取引は禁じた。 これだけでも大分違うと思う。 クレイも悪党には違いないが、他の連中よりはましだ」
「ふう、あなたは最近、すっかりエクリプスの幹部のようになっているけど、このままギャングになってしまうつもり?」
「バカをいうな。 もうすぐクレイとの契約が切れる、そうすればこんな生活も終わりだ。 それに・・・」
「それに? どうしたの?」
「おそらく、もうじき俺はここでは暮らせなくなるだろう・・・」
「どうして?」
「俺の周辺を調べている奴がいる。 恐らく軍の特務機関だろう。 俺にたどり着くのも時間の問題だろう」
「レッドアイズのことでしょう? 本当に存在するの?」
「ああ、それは間違い無い」
「どうするの? 逃げるの? 対決するの?」
「それは相手の出方次第だな。 だがいずれにしろ、ここには居られなくなるだろう」
「そう・・・・」 カエンは何か考え始めた。
「それはそうと、俺が頼んでいた件はどうなった?」
「アリアという恋人の件ね。 色々調べたのだけれど、居場所は分からないわ。 男が現れて一緒に消えてしまったようなの。 もうこのトキオにはいないみたいね。 男は王都から来たという話なので、王都にいった可能性が高いわね」
「そうか・・・・」
「ごめんね、役に立てなくて・・」
「いや、ありがとう」
翌日の夜、グリムがクレイの所から帰ってくると、駐車場に使っている空き地に見慣れないモスグリーンのセダンが駐まっていた。 その車には人が乗っているようだった。
(まさか・・・)グリムは車を駐めると、エンジンは切らずそのまま車を降りなかった。 ルームミラーに映る車を観察した。 外灯もなく暗がりに駐められた車に人が乗っているかどうかなど、普通の人ならば分からないであろう。 だがグリムには普通に見ることができた。 男はこちらを注視していた。
(間違い無い、俺を探している男だろう。 どうする、逃げるか。 だがここに来ていると言うことは、俺の部屋まで突き止めているのだろう。 逃げれば逆に奴に確信を与えることになる)
グリムが様子をうかがっていると、向こうが動いた。 男が車を降りると、ゆっくりとグリムの車の方へ近づいて来た。 ガッシリとした体に黒の革ジャン、その左胸が膨らんでいた。 男が車の左のドアまでくると、ウインドウを“コン、コン”と叩いた。
(ええい、なるようになれ!) グリムは相手の様子を見ることにして、窓ガラスを少しだけ下げた。
「こんばんは、グリムさん。 いや、ユーゴさんかな?」 男はグリムの反応を確かめるような目で笑った。
(やはり、こいつは・・・。 しかもかなりヤバイ奴だぞ)
「何のことだ? 人違いじゃないのか」
「イヤイヤ、そんなフリは無用です。 こちらも当てずっぽうで来ているわけではないのでね」
「何者だ、あんた?」
「カール・レッツェンと申します。 あなたの古巣から来た者です」
「レッドアイズか?」
「ははは、そんなものは存在しませんよ」
「茶番はいい。 目的は何だ?」
「私と一緒に、古巣へ戻っていただきたい。 もし戻っていただけるなら、指揮所の件は不問にしましょう」
「断る! 俺は軍に裏切られたのだ。 また騙されるのはご免だ」
「ほう、それが寝返った理由ですか」
「寝返った? そうかそう言うことになるのか。 とにかく俺は軍には戻らない」
「困りましたね。 あなたの選択肢は二つしか無いのですよ。 大人しく一緒に来るか、死体になって来るか・・・・」 カールは笑ったが、目だけは笑っていなかった。