8-1 近寄る影(1)
倉庫街の抗争から3カ月後
「おはようございます! グリムさん」 グリムが事務所に行くと、組織の者達が緊張しながら挨拶をした。
「おはよう・・・」 グリムは素っ気なく返すも居心地が良くなかった。
グリムはクレイの顔を見ると、不満をぶつけた。
「アンタのおかげで、俺はえらく迷惑している」
「どうした?」
「どうしたじゃ無いだろう。 俺はアンタのただのボディガードだぞ。 それが俺に対する組織の者達の態度が、まるで大幹部でもあるかのようだ」
「ははは、かまわないじゃないか。 本当に大幹部になっちまえば。 前にも言ったが、お前に俺の右腕になって欲しいんだ」
「断る! 俺はギャングになるつもりはない」
「オイオイ、今回の抗争の絵を描いて全体の指揮を執ったのはお前だぞ。 今更そんなことを言っても、全然説得力ないぞ。 皆それを知っているから、自然とお前に敬意を払っているのだろうが」
「また、そんな俺が影の黒幕みたいなことを言う。 俺がどう言われているか知っているか? 20人の傭兵達に襲われたアンタを護り、敵組織のプロレス会場に単身乗り込み、プロレスでチャンピオンを一撃で倒した上に、組織の幹部達を皆殺しにしたって言われているんだぞ」
「ははは、それは凄いな。 だがそれがどうした?」
「アンタが尾ひれを付けて言いふらすからだろうが」
「その方が面白いし、余計に箔が付くだろう。 それにそんなのは些末な違いだ、大筋は間違っていない」
「ふう・・・・」
「いいか、グリム。 この3カ月で我々の組織は大きく変わった。 周りから畏怖されるくらいのカリスマ性を持ったボスが必要なのだ」
この街の裏組織の勢力図は一変していた。 今やエクリプスは最大勢力となっていたのだ。 サイクロプスは大部分がエクリプスに吸収された。 ケルベロスも当初サイクロプスを吸収しようと動いていたが、突然三人のボスの一人、アルザが持病の心臓病が悪化して亡くなった。 アルザは冷静沈着で、組織の頭脳でありまとめ役でもあった。 アルザがいなくなったことで、ドランとブレンはよく意見が対立するようになった。 それが昂じてケルベロスは内部分裂しかねない状況だった。
「俺は幹部になぞならない。 もう少しでアンタとの契約が切れる。 そうしたら終わりだ」
「止めてどうする。 お前はもうこういう世界でしか生きられないのだ」
「・・・・・」
その日の夜、あるレストラン
クレイはある男と会食していた。 でっぷりと太った中年の男で、頭が薄くなっていた。 卵のような丸い顔は脂ぎっていた。
「お久しぶりです、署長」 クレイがにこやかに話しかけた。
「その言い方は止めて欲しいですな」男は気を悪くしたように言った。 この男は警察署長のガイス・マリエルだった。
「これは失礼、マリエルさん」
「いやあ、苦労しましたよローガンさん。 倉庫の保管物の事故による爆発、そしてそれに伴う交通事故の頻発と言うことで処理しましたが、かなり無理がありましたからね」 ガイスは意味深な言い方をした。
「ありがとうございます。 お手間かけさせたお礼は、いつもの口座の方へ・・・」
「それはすみませんね」 そう言うと、男はレアなステーキを口に入れた。 その後赤ワインを一口飲むと、少し離れたテーブルのグリムの方を見てから言った。
「しかしですね、彼のことはまた別の苦労があるんですよね」ガイスは意味深な笑みを浮かべた。 それを見てクレイの顔が急変した。
「ああっ、こちらが下手に出てると思って、調子に乗るんじゃねえ! 今までの奴らがどうだったか知らねえが、長生きしたかったら欲をかき過ぎない方が良いぞ」
「何だと・・・・」 ガイスは脂ぎった顔を紅潮させた。
「脅しじゃねえぞ。 オレは警察と戦争になってもやる時にはやるからな」クレイはそう言うと立ち上がった。 出口に向って歩くクレイに、グリムがしたがった。