7-8 地下プロレス(2)
グリムがリングに上がると、対戦者もアナウンスされ反対側からリングに上がった。 髪を赤く染め、身長約2メートルの巨体は全身筋肉の塊のようだった。 その全身には、蔦の絡まるような奇怪なタトゥーを入れていた。 ゲイリーはグリムにゆっくりと近づいた。 グリムも鍛え上げられた体をしていたが、あくまで兵士としての体なので、ゲイリーと比較すればひどく貧相に見えた。
ゲイリーは身をかがめるとグリムに顔を近づけ、臭い息を吐きながら言った。
「母ちゃんにキチンとお別れを言ってきたか? オレはこれまで35人をここで殺してきた。 お前が36人目だ」 そう言うと、首の前を親指で横に切るようなしぐさをした。
「そうか、だが俺はその十倍以上だ」
「ああん、ハッタリを言うんじゃねぇ!」 そう言うと離れていった。
“カーン!” ゴングが鳴った。 それと同時にゲイリーが猛ダッシュをかけ、グリムにいきなり右のラリアットをみまった。 グリムはとっさに腕をクロスして防いだが、あまりのパワーにそのままロープまで跳ばされた。 ロープの反動で跳ね返ってきたところへ、ゲイリーは前蹴りを食らわせようと待ち構えていた。 しかしグリムはゲイリーの前蹴りを避けて左前に転がった。 体が一回転すると、しゃがんだままマットに素早く円を描くように回転して、右脚でゲイリーの左脚を払って倒した。 ゲイリーはマットに思いっきり後頭部を打ち付けた。 それを観た観客は沸き立った。 大方はゲイリーの一方的な試合になるだろうと予想していたからだ。
ゲイリーは顔を紅潮させてグリムに突進してくると、顔面に殴りかかった。 グリムは慌てずにかわすと、ゲイリーは勢い余ってロープまで突っ込んだ。 グリムは少しも怖いとは思わなかった。 何故ならいくらゲイリーが人間離れした力とスピードを持っていたとしても、魔獣ムスガルのボスに比べたら大人と子どもだからだ。
ゲイリーはグリムの目を狙ってきた。 グリムはゲイリーの腕をかいくぐって近づくと、下から突き上げるようにゲイリーの顎に掌底を打ち込んだ。 常人ならこれで倒れるはずだが、ゲイリーは頭を二、三度振っただけだった。
「効かねえなあ」
(ちっ、あの丸太のような首のせいか。 ならば・・・)
ゲイリーはますますグリムを捕まえようと、しゃにむに襲いかかったが、グリムにことごとくかわされ、そのまま投げ飛ばされた。 グリムにとってゲイリーの動きなどスローモーションを見ているようなものだったからだ。 観客からはブーイングが起こり始めた。 観客が観たいのは、派手な流血と殺し合いだった。
ゲイリーは攻撃がすべて空回りに終わるために、息が上がってきた。 動きも遅くなり、足下もふらつき始めた。
(頃合いだな) グリムはゲイリーの背後に回り込むと、後ろから首に飛びつきスリーパーホールドで頸動脈を絞めた。 ゲイリーは抵抗しグリムを振り落とそうとしたが、そのうち足下がよろめき意識を失った。
「殺せ! 殺せ!」 客は中途半端な結末に、不満の声をあげた。
(人の命を何だと思っていやがる) グリムは次第に腹が立ってきた。
「やかましい。 そんなに人の死が観たいなら、お前等が上ってこい!」 グリムは我慢できず観客に向って怒鳴った。 観客はその迫力に静まりかえった。
「おい、さっさと金網を開けろ。 試合は終わりだ」 グリムは近くのスタッフに怒鳴った。 スタッフは慌てて金網を開けた。 グリムはリングを降りると、足早に控え室に戻った。
「ちっ、何て奴だ。 ゲイリーが殺せないなんて、アイツは何者なんだ・・・」 バレルは二階の事務所から観ていた。