6-3 情報屋(3)
カエンはそれから慎重に車を走らせ、30分ほどで住宅街のあるガレージの前に車を駐めた。 そのガレージのシャッターを開けると、車を中に入れた。 そしてシャッターを閉めた。 中は車二台が止められるスペースがあり、茶色のセダンがあった。
「ここは?」グリムが聞いた。
「ここは私が使っている家の一つ」
「お前は何者だ?」
「後でゆっくりお話しましょ」カエンはニッコリ微笑むと、そそくさとリックの所へ行った。
「リック、ブツをちょうだい」
「ああ、これだ」 リックはポケットから1センチ四方ほどのメモリーカードを取り出し、カエンに渡した。 カエンはそれを手帳ほどのコンピュータ端末に差し込むと、中のデータを確認した。 しばらくデータを見てから言った。
「いいわ、これで」カエンはそう言うと、端末の電源を切った。
「リック、ここに1千グランある。 これで今すぐにこの街を出るのよ。 西のシドニールに行ってこの人に連絡を取れば、当面住む所を手配してくれるわ。 分かっていると思うけど、自分の口座を使ってはダメよ。 必ず足がつくわ。 車はこれを使って」 カエンは茶色のセダンを指さした。
「まだ心の準備が・・・・」
「何を言っているの。 すぐに奴らの追っ手がかかるわ。 一分一秒が生死を分けるのよ。 今度捕まれば、必ず殺されるわ。 奥さん達も一緒にね」
「わ、分かった。 言うとおりにする」 リックはそう言うと、カエンから現金を受け取った。 そして、10分後には家族と供に車を運転して出ていった。
グリムとカエンはリック達を見送ると、カエンは振り返り言った。
「さて、中に入りましょう」 カエンはそう言うと、ガレージに隣接する平屋の家にグリムを案内した。 中はあまり物がなく、生活感が感じられなかった。
「何か飲む?」
「じゃあ、コーヒーを・・・」 グリムはそう言うと、借りた銃をテーブルの上に置いてソファーに座った。 しばらくしてカエンが二つのカップを持ってくると、向かい側に座った。
「さて、何から話す? リックの件? 私のこと? あなたのこと?」
「お前は何者だ。 カエンというのも偽名だろう?」
「そうね。 私は一言で言えば情報屋かしらね」 そう言うとコーヒーを一口飲んだ。
「情報屋? 誰に売るんだ。 警察か?」
「その時によって違うわ。 基本はそれを高く買ってくれるところよ」
「ビーナスにいたのは情報を得るためか?」
「もちろんそれもあるわ。 ハッキングで得られる情報とは違って、人の考えなども分かるからね。 だけど情報屋だけでは食べていけないので、アルバイトも兼ねていたの。 それに探偵の仕事もやっているわ」
「なるほど、それでケルベロスのオークション会場にもいたのか」
「えっ、どうしてそれを・・・」
「ケルベロスとの会合の時に見かけた」
「なるほど、さて今度はあなたの番ね」
「俺は、話すことはない・・・」
「それはずるいわ。 人のことばかり聞いておいて、自分のことは話さないなんて。 私はあなたにすごく興味があるのよ」 カエンは少しイタズラっぽい目で見ながら言った。
「俺には関わるな。 ろくなことにならないぞ」
「死神、だから?」
「何!」グリムはカエンを睨んだ。
(こいつも、俺の正体を知っていると言うのか?)
「怖い顔しないでよ。 誰にも言わないわよ。 元軍人は沢山いるわ。 でも通常は歳をとって退役するとか、怪我や病気で辞めるとか、不祥事を起こして辞めさせられるとかね。 でもあなたはどれにも当てはまらないのよ。 若いし健康そうだし、そして優秀だわ。 そんな兵士が何故軍を辞めたか。 しかも優秀な軍人はこんな街には流れてこないわ。 VIPの警護とかセキュリティ会社、あるいは大企業のリスクマネジメント担当として仕事先は幾らでもあるはずよ。 それであなたに興味を持ったのよ。 そうしたら、最近“死神”とあだ名される、超優秀な兵士が指名手配になっていると言う話を聞いたの。 私はすぐにあなたの顔が浮かんだわ」
「・・・・」 グリムはカエンの本心を探ろうと顔を見つめた。
「私があなたの正体を知っていたら、どうするの。 私を殺す?」
「俺はそんな奴ではない。 人違いだ」
「嘘よ! あなたの本当の名前はユーゴ・ケンシン。 生まれは・・」
「止めろ!」
「認めるのね。 それで、殺すの?」
「殺さない・・・」
「そう、ありがとう」
「だが、俺の情報を売ったら、その時は殺す」
「ふふ、あなたは殺さないわ」
「何、何故そう言い切れる。 俺のことなど知りもしないくせに」
「分かるわよ、優しい死神さん。 噂とは全然違うもの」 カエンはイタズラっぽい目で笑った。
「なんだそりゃあ」
「あなたはリックを襲った三人を殺さなかった。 カーチェイスの時は一人撃っているけど、あれはああしなければこちらがやられていた。 リックの奥さん達を助ける時も、子どもの目の前で殺人は見せたくないと考えたのでしょう?」
「・・・・・・」
「死神と噂されるぐらいだから、狂気にとりつかれているのかと思ったけど、そうじゃなかった。 良かった」
「良かった? 何を企んでいる?」
「そうね、それを話す前に、何か食べない? 私お腹が空いてしまったわ」 そう言うとカエンは立ち上がり、キッチンへ歩いて行った。
「フウッ・・・・・」 グリムはため息をついた。




