2-2 男の居場所
一カ月が過ぎたある日、男が小屋の前で薪を割っていると、一人の男がやってきた。 歳は20代の後半で、がっしりした体は農作業と言うよりも戦士として鍛えられたという感じだった。 事実、男はただならぬ雰囲気があった。
「最近エリオラ達と暮らしているというのはあんたかい?」 やってきた男は、値踏みするような目で男を見つめながら言った。
「そうだが、あんたは?」
「俺はゼオルだ。 死んだエリオラの夫、アルカンは俺の友人だった。 俺はエリオラ親子の事は、この村に住むようになってからは何かと気にかけていた。 だが最近、見知らぬ男が住み着いていると聞いて、気になっていたのだ」
「そうか」
「あんたの魂胆はなんだ。 あんたは何者だ」
「おれは何者でもない。 自分でも何者か分からないのだ」
「記憶が無いと聞いたが本当なのか? だましているんじゃないのか?」
「本当だ。 俺はどこから来たのか、どこへ行こうとしていたのか、覚えていないのだ」
「まあいい。 それで、これからどうするつもりだ。 怪我をしていたということだが、もうすっかり良いように見えるが・・」 ゼオルは疑うように男の顔を見つめた。
「分からない」
「俺はもちろんエリオラがいつまでも独り身でいるべきとは思っちゃいない。 だがアルカンの友としては、エリオラが変な男に捕まるのだけは見過ごす訳にはいかない」
「俺がここにいるのは相応しくないと言いたいのだな」
「まあ、そう言うことだ。 悪いことは言わない。 体が良くなったのなら、村を出るべきだな」
「考えておこう」
「決断は早いほうが良いぞ」 ゼオルはそう言うと帰っていった。
それから3日間、男はフルに働いた。 畑を耕し、山で猟をし、山のように薪を割った。 そしてその日の夜、男は二人に話し始めた。
「私はこの村を出ていこうと思う。 これまでのことは二人にとても感謝している」 男がそう言うと、二人は驚いた顔をした。
「何でだよ! おじさん、思い出したのかい?」
「いや、だがいつまでも二人の好意に甘えているわけにはいかない」
「おじさん、行くところないんだろう? ならここにいれば良いじゃないか。 オイラおじさんと別れるの嫌だよ。 母ちゃんだってそうだよね」 ペックはエリオラの顔を見た。 エリオラも困惑したような顔で頷いた。
「ほら、母ちゃんだってそう言っている。 オイラ絶対イヤだ!」 ペックはそう言うと泣き出した。
「わ、分かった。 まだ出ていかないから」 男は負けてそう言うしかなかった。
「本当! 約束だよ!」 ペックは急に笑顔になった。
それから数日後、ゼオルが再びやって来た。 今度はエリオラもペックもいるときだった。
「俺の忠告は通じなかったようだな」 ゼオルは険しい顔で男に言った。
「忠告はありがたいが、成り行きでもう少しここで暮らすことになった」
「そうかい。 ならばこちらも違う選択肢をとるしかないな」
「どうすると言うのだ」
「お前が、ここに住むに相応しいか確かめさせてもらう」
「どうやって?」
「俺と戦ってもらう。 この村に住むと言うことは、この村の人間になると言うことだ。 そしてこの村の男は同時に戦士でなければならない。 家族を、村を守る義務を負うのだ。 お前にエリオラ達を守る力が有るのかを、試させてもらう」
「ゼオルおじさん、ダメだよ!」 ペックが叫んだ。
「ペック、子どもは口出しするな。 これは大人の話だ」
「良いだろう」男はそう言うとカブラの手綱をペックに渡した。
二人は庭で向き合った。
「武器は剣の代わりにこれだ」 ゼオルはそう言うと、二本の棒の一本を投げてよこした。 男は棒を二、三度振ってみたがしっくりこないのか捨てた。
「オイオイ、俺をなめているのか?」
「そうじゃない。 だが、たぶん俺は剣を使った事がないのだろう。 これで戦うことがイメージできなかった。 だからかえって無い方が良いと思ったのだ」
「そうかい、なら俺も素手でやってやろう」そう言うと、ゼオルも棒を捨てて構えた。
ゼオルが先に仕掛けた。 右の拳で男の顔面を殴りかかってくると、男は体を捌きながら左腕で受け流し、そのままその右腕をつかむとゼオルを投げ飛ばした。 男は自分の動きに驚いていた。
(無意識に体が動いた。 なぜ俺はこんな事が出来るのだ?)
ゼオルは地面に背中を叩きつけられ、苦しそうに立ち上がると、今度は胴に左の回し蹴りを放った。 しかし男は右の膝で蹴りを止めると、すかさず前に飛び込み、ゼオルのみぞおちに左の肘をみまった。 ゼオルは後ろに倒れ込み、苦しみにうずくまった。 男は再び驚いたように自分の手を見た。
「ば、ばかな・・・」 ゼオルは胸を押さえながら、ようやく立ち上がった。 そして深呼吸をして立て直そうとした。
「もう止めませんか」
「まだだ・・・」 ゼオルはそう言うと、また殴りかかった。 しかし今度はその手首を男にとられ、横にひねられるとそのまま投げられてしまった。 ゼオルはその後も諦めず何度も攻撃を仕掛けたがそのたびに、男に投げられてしまった。
「俺の負けだ・・・」 ゼオルは地面に大の字になって言った。 男はゼオルに手を差し伸べ、助け起こした。
「いったいどこでそんな技を・・・。 ふっ、どうせ覚えていないのだろう?」
「ああ、なぜこんなことが出来るのか、分からない」
「とにかく、俺はもうこの件には何も言わない。 ただ、エリオラ達を泣かせる事だけは許さない」 そう言うと、ゼオルは笑った。