6-1 情報屋(1)
ケルベロスとの会合から一週間が経った。 グリムはケニーと交替でクレイの護衛を続けたが、向こうからは特に仕掛けてくることは無かった。
グリムがケニーと交替して、アパートに帰ってくるとアパートの隣の空き地に5歳くらいの女の子がいた。 地面に石で何かを描いていた。
「あっ、グリムおじさんお帰り」 大きな目をした栗色の髪の女の子が声をかけてきた。
「やあ、コニー、何をしているんだい」 グリムが応えた。 コニーは向かいの部屋のグロリアの娘だった。
「お父さんの顔を描いているの」 そこには丸い顔に山形の髪、顎には髭が描かれていた。
「お父さんはどうしたのだ?」
「会ったことない。 お母さんは、死んだって言うの」
「そうか、済まなかったな」
「ううん、大丈夫だよ」
(この子は会ったこともない父親の顔を想像しながら描いていたのか。 俺と同じだ。 俺も小さい時、父親のことを聞くと、母さんは少し困ったような顔をしていた)
部屋に戻りシックルに餌と水をやり、ベッドに横になった。 寝ようと思っていると、頭にカエンのことが思い出された。
(どうして、彼女はあのオークション会場にいたのだろう。 服装は上流階級の女性が着るような、上品な黒のドレスを着ていた。 他人のそら似だったのだろうか。 いや、間違い無くカエンだった。 彼女は何者だ) そんなことを考えているうちに、眠りに落ちた。
グリムは3時間ほど仮眠を取ると、シャワーを浴びて着替えた。 夕食も兼ねて軽く飲みに行こうと思ったのだった。 外に出ると陽はまさに落ちようとして、闇が刻々と近づいていた。 グリムは、拳銃は持たなかった。 繁華街の方へしばらく歩き、大きくないバーに入った。
薄暗い店の中には5つの丸いテーブルがあった。 2つのテーブルには既に客がいた。 グリムは角の目立たないテーブルに座ると、肉料理とポテト、ビールを頼んだ。 やがて店は一杯になりそれなりに賑やかになった。 客は様々だったがいずれもサラリーマンには見えなかった。
グリムはとりわけ意識して聞いていたわけでは無かったが、客同士の会話が飛び込んで来た。 仕事の話、女の話、そして抗争の話。 サイクロプスが近々何かやろうとしているらしいという話だった。 詳しくは分からなかった。 そのうち奥のテーブルで二人の男が口論を始めた。 仕事で得た金の分け前が多いとか少ないとかで言い争っているようだった。 グリムは食事が済むと、ジョッキに残ったビールを飲み干し、代金をテーブルに置くと立ち上がった。
(サイクロプスは何をやろうとしているんだ? 恐らくエクリプスに関係していることに違いない)
グリムが外灯の光で薄暗い道を歩いていると、ビルとビルに挟まれた路地で物音がした。 男の悲鳴も聞こえた。
(関わるな。 もめ事に関わるとろくなことにならない。 お前は正義の味方じゃないぞ) グリムは自分に言い聞かせた。 グリムはそのまま、歩き続けた。 すると音がした路地から男が走り出してグリムの方へ走ってきた。 その後を三人の男が追ってきた。 サラリーマン風の男は殴られたのか、目の周りを腫らしてグリムにすがりついて言った。
「助けてください。 悪い奴らに襲われているんです」 男は懇願する目で訴えた。
「待て、コラァー! 殺すぞ!」男達が追ってきた。
「兄ちゃん、黙ってそいつをこっちに渡せ。 怪我したくなかったら、余計なことはしない方が良いぞ」 体のいかつい男が言った。 いかにもチンピラという連中だった。
「助けてください。 殺されます!」男がグリムの背に隠れた。
「俺には関係ない。 こんな所へ来た奴が悪い」グリムは男に言った。
「その通りだ。 兄ちゃん、今見たことは全て忘れて帰りな」チンピラ達が男の両腕をつかみ、歩こうとしない男を引きずっていった。
「私には妻も子どももいるんです。 私が殺されたら、生きて行けない!」
グリムはそれでも歩き続けた。 だが10歩ほど歩くと、突然歩みを止めた。
(クッ、これじゃあ寝覚めが悪い。 俺はバカ者だな) グリムは急に振り向くと、男達を追って路地へ走った。 路地へ入ると、青い車に男が押し込められようとしていた。
「待て!」 グリムは叫んだ。 グリムに気付いた男達が、グリムに向き合った。
「何のまねだ、兄ちゃん。 関係無い奴が口を出すんじゃねえ」
「ああ、俺には関係ない。 だがこのままじゃあ、俺の寝覚めが悪いんだよ」
「正義の味方気取りか? だが現実は甘くは無いぞ」そう言うと、男達はナイフを取りだした。
「男を置いて立ち去れば、見逃してやる」とグリム。
「ああ? 寝ぼけているのか? やっちまえ!」 男達が一斉に襲いかかった。
グリムは左から来る男のナイフを左に捌いてかわすと、男に前蹴りを入れ、そのまま真ん中の男の方へ蹴り飛ばした。 真ん中の男は、右から男にぶつかられ、よろけた。 その間にグリムは右の男の右手首をつかむと、ひねりあげナイフをもぎ取った。 そしてそのまま、倒れていた左の男の上に投げ飛ばした。 真ん中の男はナイフを放ると懐から拳銃を引き出して、グリムを撃とうとした。 しかしグリムの方が一瞬早く、奪ったナイフを投げた。 ナイフは男の右前腕に刺さり、銃弾は地面に当たった。 更にグリムは素早く男との距離を詰めると、顔面に拳を叩き込んだ。 男は倒れていた男達の上に折り重なって倒れた。 下の男達は動けなかった。
グリムは車の中から男を助け出すと、路地を急いで抜け出した。 すると一人の人物が現れた。
「こっちよ! 急いで!」 聞き覚えのある女性の声だった。
「カエン? どうして・・・」 カエンは店とは雰囲気が違って、栗色の長い髪を後ろでまとめていた。
「話は後!」 しばらく走ると、赤い車が路上に駐めてあり、三人はそれに乗り込んだ。 カエンが運転席に乗り込むと、素早く車を走らせた。