5-11 王国の闇
会合からの帰り道、夜の街の中をグリムは警戒した。 襲われる可能性は低いが油断は出来なかった。
「あのビルでのオークションの件だが、お前は知らないようだから教えておいてやる」 クレイが言った。
「人身売買か」
「公には人身売買ではないことになっている」
「どう言うことだ?」
「人ではないからだ」
「何だと、明らかに人間だったぞ」
「グリム、お前は王国の人口がいくらか知っているか?」
「たしか3千万ぐらいじゃなかったか」
「実際は4千万以上だ。 王国のいう3千万と言うのは、国民としてデータベースに登録された人数だ。 つまりマイクロチップを持っている人間の数だ。 王国が言う“人”とはその人達のことだ」
「つまりそれ以外の者は人として認めないと言うことか?」
「その通り、法律では人身売買は禁止されているが、人では無いのだから違法では無いという理屈だ」
「そんなの詭弁だ。 なぜ王国はそんなことを許しているんだ?」
「王国を維持するためだ」
「意味が分からない」
「王国の歴史は知っているか?」
「たしか2百年ぐらい前に、地球という星から移住してきたというのは習ったが・・」
「それだ。 俺達の祖先がこの星に来た時には、既にアルクオンの奴らが住み着いていたと言うことだ。 王国の奴らは、自分達はこの星のフロンティアでこの星の所有者である必要があった。 だからアルクオンの奴らは人によく似た低級な亜人であるとしたのだ。 そして奴らは我等から技術を盗み急速に勢力を伸ばし、我等の生活を脅かしているから駆逐しなければならないと教えたのだ」
(彼らは亜人などではない、俺達と同じ人間だった。 アルクオンの人達も空からやって来たと言っていた。 恐らく同じように地球からやって来たのだろう。 しかもカーセリアルよりも先にだ。 カーセリアルの歴史は嘘っぱちだ)
「そのため、王国は自らの正当性を維持する必要があった。 一緒に渡ってきた人々とその子孫に、王国はIDを発行し国民として様々な権利を与えた。 しかしそれ以外の人々、つまり亜人との混血やクローンにはIDを与えなかったのだ。 マイクロチップには両親が誰かも記録されている。 身元のハッキリしている者しか登録されない」
(あれ、俺のチップには、父親の欄が非表示になっていたぞ。 それが本当なら俺にはIDが発行されないのでは? 母さんは父さんのことを聞いても教えてくれなかった。 どう言うことだ)
「そのために、王国内には次第にIDを持たない人達が増えていったのだ。 そして王国はその人々を黙殺した」
「何と言うことだ。 知らなかった」
「一般国民のほとんどは知らないだろう。 そしてそこに目を付けた奴らは、そのような人々を様々な手段で拘束し、売買する仕組みを作ったのだ」
「卑劣な・・・。 それで売買された人達はどうなるんだ?」
「用途は様々だ。 若い女性は性的玩具にされたり、メイドとして使役されたり。 男は単純労働させられたり、臓器を取られたりだな」
「そんなことが許されて言い訳ないだろう」
「だがこれが現実だ。 人のクローンも禁止されてはいるが、裏では密かに作成されている。 だがクローンは時間も金もかかる。 未だに臓器移植目的の売買は後を絶たない」
「組織培養技術が進んでいるだろう」
「単純な部位はそうだが、複雑な臓器は無理だ」
(なんてことだ。 俺はこんな王国のために忠誠を尽くしていたのか)
「エクリプスもやっているのか?」
「俺達はやっていない。 確かに俺達は非合法なこともたくさんやっている。 だがいくら外道でも越えてはいけないことがあると考えている」
「そうか、もしエクリプスがそれをやっていたなら、俺は止めさせてもらう」
「いいだろう」それ以上クレイは何も言わなかった。