5-8 護衛(1)
翌日、グリムがクレイの事務所へ行くと、一人の男を紹介された。 サングラスをかけたいかにもボディガードという感じの男だった。
「こいつはケニーだ。 これからは二人で交替で護衛してもらう。 常に一人でという訳にはいかないからな。 ケニー、グリムだ。 よろしくやってくれ」
「よろしくな。 軍にいたと聞いているが、どこだ? 俺は第21連隊だった」
「よろしく、グリムだ。 俺は2、いや53連隊だ」 グリムは慌てて偽装のマイケルの所属部隊を言った。 グリムは、ケニーから簡単に時間の分担や引き継ぎ事項を確認すると、護衛を引き継いだ。
「お前は普段は、今までどおりグリムでいい。 セキュリティを通らなければならない時はマイケルということでな」
「分かった」
「今日はこれからボスのゲイツに会いに行く。 それからケルベロスと会合がある」
「ケルベロスとは敵対関係にあるのでは?」
「そうだ。 だが今向こうが、組織の統合の提案をしてきている。 その話し合いだ。 それに俺も出ることになった。 まあいきなり撃ち合いはないと思うが、話が決裂したら、命の取り合いになる可能性はある」 クレイは真顔で言った。
「なるほど。 それでそうなった時に、俺はそのボスの命も守らなければならないのか?」
「できれば、そうしてもらえればありがたい」
「無理だ。 一人で同時に二人の護衛は出来ない。 向こうのボスを殺すよりも難しい」
「そうか。 ならば俺の命を優先してくれ。 ボスにはボスのガードがいる」
「分かった」
それからグリムは、早速仕事に取りかかった。 ビルの構造、出入り口、非常階段の位置の確認から、クレイの乗る車のチェックだ。 グリムはやることが多かった。 護衛は通常、チームで行なうからだ。 護衛対象の一日のスケジュールの把握はもちろん、移動ルートの検討や行き先の建物の構造や避難ルートの検討など、本来事前に検討調査すべきことが多いからだ。 相手が本気で命を狙うならば、待ち伏せや狙撃も十分警戒しなければならない。 グリムは、車のチェックを済ませ戻ってくると、クレイに地図や会合場所の情報を要求した。 クレイはその仕事ぶりに驚きながらも、部下に命じた。 ケニーはそこまではやらなかったからだ。
「そこまで神経質にならなくても良いのでは?」 クレイが言った。
「死ぬときは一瞬だ。 いつ訪れるか分からない。 確かに一人では、やれることが限られてくるが、可能な限りリスクは潰しておきたい」
「なるほど。 まあ任せる、好きなようにやってくれ」
午後になるとクレイは、ボスであるゲイツ・ブランガーの事務所に行って、今夜の打ち合わせをすると、会合に向った。 当初二人が一緒の車で出かけようとしたが、グリムは別べつの車で移動することを進言した。 二人が一緒のところを襲われれば、最悪の場合トップ二人が同時に命を落とすことになるからだった。 そして進言は受け入れられた。 更に会合場所に向うまでにグリムは、途中3回ルートを変更させた。 待ち伏せを防ぐためだった。
会合の場所はケルベロスが運営するカジノだった。 10階建ての丸形のビルの地下駐車場に車を駐めると、ケルベロスの者が待機しており、その案内でエレベーターを使って3階まで上がった。 この エレベーターは3階までしか行けなかった。 3階まではカジノで一般客が入れるエリアだ。 別のエレベーターに乗り換え5階へ上った。 これも5階までだった。 エレベーターを降りると、外側のガラス張りの通路を通って反対側まで移動した。 何気なくフロアの中を覗くと、扇型をした大学の講堂のような作りになっていた。 階段状の席の最前部は半円形のステージになっていて、そこには水着姿の若い女性が立っていた。 階段状の席に座っている観客と思われる人々が何かを発していた。 グリムが耳を澄ますと、数字を言っているようだった。
「あれは何だ?」 グリムがクレイに小声で聞いた。
「あれは、オークションだ」 クレイは顔をしかめて言った。
「人間のか?」
「後で説明してやる」