5-5 抗争(1)
クラブ『ビーナス』はいつもと違って、皆がピリピリしていた。 強面の同僚、ビスカさえも緊張しているのが分かった。 グリムが支配人に尋ねると、店にオーナーとその客が来ていると言うのだった。 店の一番奥の一角に40代の顎に髭を生やしたスーツ姿の男と、隣に30代くらいの右の眉からまぶたにかけて傷のある男が、酒を飲んでいた。 そして向かいには、若い連れの男が座っていた。 オーナーに会ったことがないグリムには、どっちがオーナーなのか分からなかった。
一時間もすると、店が混んできた。 店の中には女達の笑い声が響いていた。 そしてその男が入って来た時も、多くの者達は気にも留めなかった。 グリム一人を除いては。 男はごく普通のサラリーマンという感じだった。 体つきも顔も特に特徴が無いというか、グレーのスーツを着たどこにでもいる冴えない男という感じだった。 男は店内をさっと見回すと、案内しようとする女性を断り、知り合いを見つけたかのように一角を目指して進んだ。
グリムは男に違和感があった。 男の心拍が以上に高いし、何より胸の膨らみが気になった。
(あれは、銃だな) グリムは静かに男の側に近づいた。 男はオーナー達の前まで行くと、懐から拳銃を引き抜いて客に向けた。
「ローガン、死ねや!」 男はそう叫ぶと、拳銃の引き金を引いた。 “パン!”という乾いた銃声とほぼ同時に“ガシャン!”という音が店内に響いた。 銃弾は天井の照明の一部に当たり、ガラスを割った。 男が銃を撃つ直前に、グリムが男の腕を蹴り上げていたのだった。 グリムはそのまま男の銃を持つ手をつかみながら、右の掌底を男の顎にみまった。 男は思いっきり脳を揺らされ、膝から落ちた。 グリムは素早く男から拳銃を奪うと、安全装置をかけてからビスカに放って渡した。 そして男がよろけながら立ち上がるところを、素早く投げ飛ばし床に制圧した。 その間僅か4秒だった。 店にいた者達はその様子を呆気にとられて見ていた。
「テメエ、どこのモンだ!」 オーナー達の向かいに座っていた若い男が、男の髪をわしづかみにして頭を持ち上げ、顔を確認するようにいった。
「ケルベロスのとこのチンピラだろう。 分かりやすい手に出たものだ。 連れていけ」 眉に傷のある男が言った。 若い男が、倒れている男の手を縛ると、外に連れていった。
「奴ら、露骨な手に出てきましたね」 年上の男が言った。
「そうだな。 これからはこう言うことが増えるだろう。 気をつけるんだな。 それにしてもエディ、お前のところは、なかなか優秀な奴がいるじゃないか」 傷の男が、隣の男に言った。
「恐れ入ります」
「お前さん、名前は?」 傷の男が言った。
「グリムです」
「グリム・・・」 男はグリムの顔をじっと見ていたが、一瞬驚いたような顔をした。
「そうか。 エディ、興ざめした。 今日は帰る」
「はい、申し訳ありませんでした」
「グリム、今日はありがとう、助かった。 またな」 男は笑いながらそう言うと、すれ違いざまにグリムの肩を叩いた。
「あの男は何者だ?」 グリムは男達が店を出ると、カエンに聞いた。
「年上の方がオーナーで、傷のある方がクレイ・ローガン。 エクリプスのナンバー2ね」
「エクリプス・・・」
「それにしても、あなた本当に凄腕なのね。 何者?」
「ハ、ハ、ハ・・・」