5-4 街の支配者
グリムがアパートに帰ってきたのは、明け方近かった。 店の女性達が帰った後も、後片付けや掃除をやらされたからだ。 部屋に帰ると、シックルはいなかった。 ドアは鍵がかかっていたが、その上に空気の換気のために斜めに空いた隙間から抜け出したのだろう。 グリムはさほど心配していなかった。
(あいつは、勝手に戻ってくるだろう) グリムは慣れない仕事に疲れたのか、そのままベッドに倒れ込んだ。
グリムが目を覚ましたのは、昼過ぎだった。 隣にはいつの間にか、シックルが丸くなって寝ていた。
「お前、どこへ遊びに行っていたんだ」 グリムが頭をなでた。
「ナーゴ」 “お前が帰ってこないからだ”とでも言っているようだった。
シックルに餌と水をやり、買い物のために廊下に出ると、セリナばあさんが廊下を掃いていた。
「おや、グリム。 仕事は見つかったのかい?」
「ええ、何とか・・・」
「そうかい、そりゃあ良かった。 あっ、そうだ。 シックルが昨日アタシの所へ来ていたよ。 腹を空かしているようだったから、食べさせてあげたけど」
(アイツめ、セリナばあさんの所にいたのか)
「すみません、ありがとうございます」
「別に良いよ。 アタシも退屈だからさ」 そう言うと、掃除を終えて部屋に戻った。
買い物を終えて帰ると、向かいの部屋から若い女が出てきた。 グラマラスな体に、白い薄手のシャツ、脚にフィットしたジーンズをはいていた。
「あら、新しいお向かいさん? アタシはグロリア、よろしくね」
「あっ、はい、こちらこそよろしくお願いします。 グリムです」
「ふーん、あなた軍人さん?」
「いえ、元です・・・・」
「そう、いい男ね。 彼女はいるの?」
「えっ、いえ」
「そう、じゃ、女性の肌が恋しくなったら、言ってね」 そう言うと、ウインクして階段を降りていった。
(なんだ、あの女は・・・。 美人だが、店の女達とも雰囲気が違う。 娼婦か?)
二週間も経つと、グリムは今の生活に慣れてきた。 店での仕事も、何度か客とのトラブルもあったが、グリムはその都度うまく対処することが出来た。 そしてこの街の状況も、おおよそではあるが理解することが出来た。 店で客に気を配っていると、盗み聞きするつもりでなくとも、話の内容が耳に入ってくるのだった。
この街、正確にはこの都市の川からこちら側は、警察も容易に手が出せない。 この街は、“サイクロプス”“ケルベロス”“エクリプス”と言う三つの犯罪組織にほぼ支配されているのである。 その勢力の大きさを割合で言うと、サイクロプス4、ケルベロス3、エクリプス2、その他1とのことだった。 サイクロプスは、賭博、詐欺、売春は言うに及ばず、麻薬、密輸、何でもありで勢力を伸ばし、ここだけではなく、王都や他の都市にも勢力を拡大し、最も勢いがあった。 ケルベロスは、三人のボスによる共同支配体制を敷いている。 そのためか、決定までに時間がかかりサイクロプスに出し抜かれることが多いという。 ケルベロスはそれを巻き返すために、エクリプスを飲み込もうとしていると言うのだ。 ケルベロスは様々な手を使い、エクリプスに触手を伸ばしているというが、サイクロプスは当面静観していると言う話だ。 噂によると、ケルベロスとエクリプスが抗争によって潰し合ってくれれば、サイクロプスは最後に易々と両方を手に入れられると考えていると言うのだった。 それに対してエクリプスのボスは、このままではじり貧なのは分かっているが、ケルベロスのボス達とは意見が合わず、一緒になることには頑なに断っていて、抗争に発展するだろうと言うことだ。 ちなみにグリムが働いているこの店は、オーナーがエクリプスの一員だと言うことを、カエンが教えてくれた。