5-2 訳ありの街
グリムは結局、女性を家まで送ることになった。 女性を背負い、自分のリュックを下げて街中を歩いた。 周りはコンクリートで出来た四角いビルが建ち並ぶ街並み。 ここだけではなくカーセリアルの都市はどこも、かつて人類が住んでいた地球という星の良くも悪くも最も勢いがあったという地球歴2000年代の建築様式を模していた。 建物だけではなくファッションや文化もそうである。 王国の上層部は地球を懐かしみ、この星に地球を再現しようとしているかのようだった。
グリムは橋を渡って川の向こう側に歩いて行った。 こちら側は危険な地域だ。 カーセリアルの国民は、小さい時に手の甲にマイクロチップを埋め込まれる。 それにあらゆる個人情報が記録されるのだ。 ところがこの地域に住む者達の中にはマイクロチップを持たない者、あるいは偽造のチップを埋め込んでいる者達が多数いるのだ。 つまりそれは、まっとうな世界から逃れてきた者、法の縛りから外れた者、自分を偽って生きている者達の集まりだと言うことだ。 訳ありの者達の街、警察の力も及ばない、非合法の組織が牛耳る街なのであった。
グリム達はどんどん奥の細い路地に入っていった。 川の向こう側とは違い、道にはゴミやネズミの死体が転がっており、生ゴミや下水の嫌な匂いが漂っていた。 20分ほど歩くと、5階建ての旧いビルの前に着いた。
「ここだよ。 下ろしておくれ」 グリムは女性を下ろした。
「じゃあ、今度こそサヨナラだ、ばあさん」 グリムはそう言うと、歩き出そうとした。
「待ちな!」 グリムはまた杖の握りを襟に引っかけられた。 その時、グリムの腹が“グーーッ”と鳴った。
「慌てるんじゃないよ。 腹が減っているんだろう? 飯くらい食わせてあげるよ」 そう言うと彼女は笑った。
グリムとシックルは、飲み込むように料理をかき込んだ。 ここ何日もまともな食事をしていなかったこともあるが、料理がどれもうまかったのである。
「慌てなくても、誰も取りやしないよ」 そう言うと、魚のフライを出した。
30分ほどでテーブルの上の料理を全て平らげると、彼女がコーヒーをいれてくれた。 彼女はテーブルの向かいに座ると、コーヒーを一口飲むと言った。
「あんた、行くとこあるのかい? 訳ありなんだろう?」 グリムの左手の甲の傷を見ながら言った。 グリムはとっさに傷を隠した。
「・・・・・・」
「心配しなくて良いよ。 ここはそんなのばかりだから。 あんた元軍人だろ」
「・・・・」 グリムは女性の意図を探るように見つめた。
「ここの階に空いている部屋があるんだけど、入るかい?」
「えっ、いいのかい?」 グリムは驚いた。
「ああ、ここはあたしのアパートだからね。 家賃は月50グランでいいよ。 その子も一緒でね」
「何故? さっき会ったばかりなのに・・・」
「あたしはね、部屋を貸すときには人を見るのさ。 ここはね、いろんな人が集まって来るの。 そりゃあロクデナシも多いよ。 だがこんな所でしか生きられない人もいるんだ。 あんたは気にいったよ。 どうするね?」
「お願いします!」
「名前は?」
「ユ・・、いや、グリム。 こいつはシックル」
「ふーん、まあ良いだろう。 あたしはセリナだ」
このアパートの4階には4つの部屋があった。 一番右の突き当たりは大家のセリナばあさんの部屋だ。 他の部屋よりは大きい。 そして階段の南側に一部屋、西側に廊下を挟んで北と南に一部屋ずつだ。 廊下の突き当たりは非常階段になっていた。 グリムの部屋は、西側の北向きの404号室だった。 中はそこそこの広さのリビングと寝室、キッチンとシャワー、トイレが付いていた。 築30年以上は経っていると思われたが、思ったよりは小ぎれいだった。 家具は前の住人がベッドなど主な物は置いて行ったため困らなかった。
グリムはベッドに横たわりながら、これからのことを考えていた。 隣に丸くなっているシックルの頭をなでながら。
(さて、住むところは手に入れたが、これからどうするか。 やらなければならないことが三つある。 一つは、アリアの居場所を探すことだ。 俺が死んだと聞いて、他の良い人が見つかり幸せに暮らしているなら、それならそれでいい。 二つめはキールの件だ。 キールは部隊長から軍本部の参謀になって、王都にいるという話だ。 俺が突然訪ねていっても、話をはぐらかされてしまうだろう。 それに奴が黒幕ならば、当然備えはしているはずだ。 もう少し追い詰める情報が欲しい。 三つめは、母さんのことだ。 俺は二度と会うわけには行かないだろう。 せめてある程度、暮らしに困らない程度の金を渡したい。 俺の口座には軍からの給与が、ほぼ手つかずで残されているはずだ。 だがそれは既に凍結されているだろう。 もしそれを引き出そうとすれば、即座に場所が特定されて追っ手がかかるだろう。 とにかく生活のためにも仕事を見つけなければならないな)
グリムはまともに屋根のある部屋で寝るのはしばらくぶりなので、急に睡魔に襲われそのまま眠りに落ちた。