5-1 ユーゴの後悔
ここトキオは、カーセリアル王国が支配している大陸、スモールリーフの中でも王都ニューアースに次ぐ大都市だった。 グリムは夕暮れの中、川縁のベンチに座っていた。 正直なところ、グリムは落ち込んでいた。 今日、母親が住むアパートを訪れたのだ。 と言っても会うことは出来なかったが。 何故なら、ユーゴは今や脱走兵とみなされている。 しかも指揮所襲撃の嫌疑もかけられているだろう。 反逆罪として指名手配されている可能性が高いのだ。 母親の所には、密かに監視が付いているのが確認された。 遠間に母親の姿を見た時、胸が痛んだ。
(済まない、母さん。 俺のせいで・・・・)
グリムが落胆しているのは、それだけでは無かった。 ユーゴには恋人がいたのだ。 アリアの家を訪れると、そこには既にアリアはいなかった。 近所の人に聞いても知らないという。 アリアにまでユーゴの件が影響を及ぼし、出て行かざるを得なかったのかも知れない。 ユーゴが望んだものでは無く、成り行きでこういう結果になったとは言え、自分の行動で二人の大事な人に迷惑をかけたことに、落ち込んでいたのだ。
(これからどうするか。 まずは今日のねぐらを見つけないとな) 季節は秋になり、さすがに野宿はきつくなってきていた。 風が吹いて寒くなったのか、隣で丸くなっていたシックルがグリムのブルゾンの中に潜り込んできた。
「おいおい、お前は気楽でいいな」
「ナアー」 シックルは胸元から顔を出して鳴いた。
グリムがボーッと川面を眺めていると、突然嫌な感じがした。 感覚を澄ますと、グリムの後ろの歩道を、杖をついた年配の女性が右から歩いて来るのが分かった。
(これじゃ無い。 その後ろだ) 女性の後ろから上下黒のスエットを着た男が走って来るのが見えた。
(こいつだ。 心拍が以上に高い。 何かをやろうとしているのだ) グリムがそう思った時、男は突然女性を後ろから突き飛ばし、女性のバッグを奪った。
「ドロボー! 誰か、そいつを捕まえておくれ!」 女性が倒れたまま叫んだ。
グリムはすかさずベンチを飛び越え、逃走しようとする男の前に立ちはだかった。
「どけ!」 男は右の拳で殴りかかってきた。 グリムはそれを軽くかわすと男の前に右足を出した。 男は肩すかしを食らった上にグリムの足につまずき、地面に顔から突っ込んで倒れた。 グリムはそのまま背中を膝で押さえつけ、男からバッグを取り返した。
女性が片足を庇いながらやってくると、グリムはバッグを女性にかえした。
「ありがとう」
「こいつは、どうします?」 グリムがそう言うと、女性が倒れた男の顔を見つめた。 まだ十代の若い男だった。
「バカたれ! 二度とこんなことをするんじゃないよ」 そう言うと持っていた杖で軽く男の頭を叩いた。
「離していいよ」 グリムに女性が言った。 グリムも少しほっとしながら男から体をどかした。 警察沙汰になるとグリムにとっても都合が悪いからだった。
グリムがその場から離れようとすると、女性が呼び止めた。
「待ちなさい」 そしてじっとグリムの顔を見つめた。 グリムはあまり見られ、顔を覚えられるのを警戒した。
「じゃあ、ばあさんも今後は気をつけた方がいいよ」そう言って離れようとした。
「誰がばあさんだ! あたしゃ、まだ65歳だよ」 そう言うと、杖でグリムの頭を叩いた。
「その胸は何だい?」 杖でグリムの胸の膨らみを指した。 すると胸がモゾモゾ動き胸元からシックルが顔を出した。 それを見て女性は一瞬驚いたような顔をしたが、次の瞬間笑い出した。
「アッ、ハ、ハ、ハ・・・」
「じゃあ・・・」グリムは立ち去ろうとした。
「あっ、痛たた・・・。 足首をひねったようだね」 女性が足首を押さえた。
「じゃあ、ばあさん、ゆっくり帰るんだね」 グリムが女性に背を向けた。
「待て! アタシはばあさんじゃないと言っているだろうが!」 女性は杖の握りの部分をグリムの襟に引っかけて止めた。
「レディが怪我をしているのだ。 家まで送るのが当然だろう」
(なんか厄介なばあさんに捕まってしまったぞ)