4-10 黒幕(2)
クレアは心を決めると、行動を開始した。 来た道を急に戻ったり、店に入るとそのまま裏口から出たりして、尾行を撒くための基本行動を試みた。 それでも見たことがある姿を見つけられれば、ほぼ間違いなかった。 ただ通常は、尾行は数人のチームで行なう。 一人の者がずっとつければ、さすがに気付かれるからだ。
クレアは確信した。
(尾行されている、間違い無い。 十数メートル後ろで、店の中を見ているあの男は、10分ほど前マーケットの中でも見た。 黒い上着を着て帽子をかぶっていたが、私の目はごまかされない。 だがどうもチームでは無い気がする。 他の者の気配がない。たった一人で追ってきているのか? 何者だ?) クレアは次第にオフィス街の方へ歩いて行った。 日曜日の夕刻である。 オフィスに電灯が点いているところもほとんど無く、道を歩いている人もほとんどいなかった。 外灯の薄明かりの中、クレアの後ろ30メートルほどを男は歩いていた。
クレアは路地を左に入った。 そして駆けだして建物の裏を右に入った。
(奴は慌てて走って来るだろう。 そこを取り押さえてやる) しかし、しばらく待っても足音はしなかった。
(バカな、私の誤解だったと言うのか?) その時だった、後ろから声がしたのは。
「やあ、クレア。 誰を待っているんだい?」
(何だと! 私が気配に気付かず背後を取られたと言うのか) クレアは懐から拳銃を抜きながら振り向いた。 後ろに立っていたのは、さっきまでクレアをつけてきた男だった。
「オイオイ、また俺を殺すのかい?」 男は銃口を向けられながらも、怯えた様子はなかった。
「お前は、ユーゴか? 生きていたのか」 クレアは銀髪の姿に、すぐには気付かなかった。
「どうした? 幽霊でも見たような顔をしているぞ」
「どうして私をつけていたのだ?」 クレアは銃口を下ろさずに言った。
「二人だけで話をしたかった」
「・・・・・・」
「俺を撃ったのは何故だ?」
「私は撃っていない。 お前は敵の矢で墜落したのだ」
「違う! 銃弾で墜落したのだ。 そしてあの時、俺を背後から撃つことができたのは、お前だけだ」 ユーゴの目は冷たく青く光っていた。
「・・・・・」
「何故、俺を殺そうとした」
「私は知らない!」
「理由は知らないが、命令されてやったと言うことか? 命じた奴は誰だ? 中隊長のゲイルか?」
「違う! 私は何も知らない!」
「そんな嘘が通用すると思っているのか。 本当のことを言えば、命だけは助けてやろう」
「何を言っている。 お前の命を握っているのは私の方だぞ!」 クレアは引き金に力を入れた。 次の瞬間、ユーゴは素早く動くと右手で拳銃を押さえ同時に手首をひねって、クレアから拳銃を奪った。 ユーゴにとって、クレアの動きなどスローモーションの動きを見ているのと同じだった。 ユーゴは奪った拳銃を腰のベルトに差した。
クレアはしゃがみ込むと、足首からナイフを取りだし、素早くユーゴに襲いかかった。 しかしユーゴは慌てることなくナイフをかわすと、その手首を押さえながら、クレアの腹に前蹴りをみまった。 クレアが苦しみに前屈みになったところで、右手首をひねり肘の関節を極めながら、腕を背中にねじ上げた。 クレアはそのまま人工石のタイルに顔を押しつけられて、制圧された。 ユーゴは素早くポケットから結束バンドを取り出すと、クレアの両手を背中で縛った。 そして奪ったナイフの切れ味を指で確認すると、それもポケットにしまった。
「これでもまだ俺の言うことがブラフだと思うか? もう一度しか言わない。 俺を殺すように命じたのは、部隊長のキールか?」 ユーゴはクレアの体を反転させると、目を見つめながら聞いた。
「・・・・・」
「そうか、分かった。 キールだな」
「私は何も言っていないぞ!」
「今ので十分だ。 もしキールでなかったらお前は即座に否定しただろう。 そして一瞬お前の瞳は泳いだ」
「・・・・・」
「俺はお前が嫌いじゃ無かった。 皆が俺を敵視する中、お前だけは味方だと思っていたのに。 お前は俺を二度も殺そうとした。 三度目は無い。 今度俺の前に現れたら、今度こそ命はない」 ユーゴは悲しげな目でそう言うと、通りの方へ歩いて行った。
工事中のビルの工事事務所
「ナーゴ」 グリム(ユーゴ)が事務所の中に入ると、赤い猫が出迎えた。
「悪い、遅くなったな。 今、飯にするから」 グリムはシックルの頭をなでると、皿に餌と水を入れてやった。 背中に渦のような模様のある猫は、待ちわびたように猛烈な勢いで食べ始めた。 グリムは椅子に座ると、自分もハンバーガーをかじった。 ここは設計の不手際が発見され、工事が中断している事務所だった。 一ヶ月ほど前からグリム達は、ここを住処にしていたのだった。 シックルがなぜここにいるかと言うと、指揮所を襲撃してから二日後、グリムがこの街を目指して森を歩いていた時に、突然姿を現わしたのだった。 信じられないことだが、恐らく村を出てから、ずっと近くをついてきていたのだろう。
「やはり、お前は山の神の使いなのだろう? そして俺がどこでどのようにのたれ死ぬか見届けるつもりなのだろう?」 グリムはシックルに話しかけた。
「ナーゴ」 シックルは食べるのを中断して、グリムに向って笑ったような顔で鳴いた。
「シックル、ここの生活にも慣れたが、そろそろ引き払うぞ。 今度は海を渡るんだ」 グリムは船に密航して、隣の大陸に渡るつもりだった。
「ナーゴ」 シックルはまた鳴いた。