4-9 黒幕(1)
ベルリアンの基地
ハルバードの部隊長キールは、事件があったその夜に報告を受けた。
「本日の夕刻に、指揮所が襲撃されました」 部隊長付の武官が報告した。
「何だと、アルクオンの部隊が急襲したのか? だがそんなことはこちらの部隊を突破しない限り無理なはずだ」 キールは信じられないと言う顔で武官を見た。
「敵の正体は分かりませんが、兵士の証言では突然の攻撃で敵は一人だと言うことです」
「信じられない。 たった一人で、部隊の兵士や監視衛星の目を逃れたと言うのか? それで被害は?」
「指揮車両とバックアップの車両が破壊されたとのことです。 それと兵士の数名が怪我を負ったとのことですが、死者は出ていないそうです」
「死者を出さずに、これをやってのけたと言うのか。 何者だ? 内部の者の裏切りしか考えられないぞ。 こんなことはこちらの事情を良く知る者にしか出来ない」
「私もそう考えます。 ジェットウイングを奪って逃げたことからも、それを裏付けています。 マイクロチップの信号ではボリス・クレインということですが、本人は近くの藪に裸で縛られていました。 マイクロチップを取り出していることからも、内部の者の仕業ですね。 ちなみにその後、そいつはこちらを攪乱するためにクスマの体にマイクロチップを取り付けました」
「うーん、何者なんだ、そいつは。 軍の中でもそんなことをやってのけられる者は限られるはずだ」
「今のところ、該当する者はおりません。 現地の司令官は、この件の影響で作戦を継続がすることが出来なくなったとして、撤退を決断したようです」
「そうか、ご苦労」
武官がホルダーをめくり、報告事項を確認していた時、思い出したように言った。
「ああ、それとこれは恐らくエラーだと思うのですが、砦攻撃の初日にナンバー4042の信号を付近でキャッチしたという報告が上がっておりました。 ユーゴ・ケンシンという、一昨年行方不明になった者ですね」
「何だと! そうか、恐らくエラーだろう。 だが何か分かったら知らせてくれ」 キールは平静を装い、武官に言った。
「承知いたしました。 報告は以上です」 そう言うと、武官は部屋を出ていった。
(奴だ、ユーゴが生きていたのか。 奴なら今回の件も納得がいく。 奴しか考えられない) キールは机の上に両肘をついて指を組んだ。
(だがユーゴは忠誠心が強い奴だ。 生きていたとしても寝返るはずがない。 何かに気付いたのか。 私の所まで辿りつくのか。 何か考える必要があるかもしれないな)
3カ月後、ベルリアン
外灯に照らされた街中をクレアは足早に歩いていた。 人混みの中、時折後ろを気にしていた。 ここベルリアンは、カーセリアル王国が侵攻し、建設した新しい都市である。 都市は、人類が遙か昔に住んでいた地球という星のヨーロッパという地域のある時代をイメージして作られたという。 行き交う人々は、新しい土地の開発によって一儲けしようとする人々であふれ、活力のある街だった。
クレアは何か違和感があった。
(つけられている? 気にしすぎだろうか?) 久しぶりの休暇で、基地から街に出かけたが、いつからか見られているような感じがしたのだ。 どこがとか、誰が怪しいと言うところまではいかないが、胸騒ぎがするのだ。 クレアら特殊作戦部隊員は、敵地への潜入作戦のための訓練を受けている。 その中には当然、標的を尾行する技術も、また敵の尾行を撒く技術も含まれている。 クレアはウィンドウショッピングを楽しむふりをしながら、店のガラスに映った通りを歩く人々を観察した。
(気のせいなの? あの茶色の服の人はさっきもすれ違ったような。 もし本当に尾行されているとしたら、相手はプロだ。 どうする、サッサと基地に戻るか。 それは有り得ない、私が尻尾を巻いて逃げるようなまねは。 ようし、白黒つけてやる。 私に目をつけたことを後悔させてやるわ) クレアは服の脇をそっと押さえた。 クレア達は基地の外に出る時に、特別に拳銃の携行を許されていたのだ。