4-6 マザー襲撃(1)
グリムは感覚を研ぎ澄ました。 そうすると不思議なことに自分の半径約2キロの範囲に動く人や動物の存在が感知できた。 その大きさや数も知ることができた。 グリムは、自分の右約1キロを南に移動している約200人の兵士の動きに合わせ、距離を保ったまま自分も南下していた。 鬱蒼と茂った森は大木の下に、腰までの高さの様々な植物が絡み合うように茂り、進行を妨げていた。 足下に堆積した腐葉土が足音を消してくれたが、グリムには植物がこすれ合う音や小枝が折れる音で、敵の動きは十分把握できたのだった。 もちろん音だけではなく、風に乗って流れて来る匂いや、表現するのが難しいが自分がまるで鳥になって俯瞰で見ているような不思議な感覚があったのだった。
グリムは慎重に行動した。 何故ならこちらの動きも見つかる恐れがあったからだ。
(俺が軍にいた時は、二つの衛星の内新しい方はトラブルが多かった。 そのため旧い方の衛星を、使用予定期間を大幅に超えて使っていたのだ。 赤外線による熱検知は通常モードだろう。 大丈夫だ、森の中を歩いている限りは見つからないだろう) 検知モードを上げれば捜索範囲が限定されるし、動物も検知して誤認の確率が高くなるのだ。 それでもグリムは念のため、行動をトレースされても餌を求めて歩いている獣に見えるように、森を動き回った。
夜になっても、グリムは足を止めなかった。 グリムの瞳は金色に輝き、暗闇の中でも十分見ることができた。 夜が更けた頃、大樹の枝の上で体を休めた。 もちろん火は起こせなかった。 その間に腹に入れたのは、途中で見つけた野球のボール大の植物の実を三つだけだった。
(大丈夫、マザーの場所は奴らが教えてくれる。 問題は襲撃だ) “マザー”と呼ばれる移動指揮所は、夜襲に備えて軍勢が丸く囲むように配置されている。 だがそれは完全に閉じられた円ではない。 後方部が少し開けられているのだ。
グリムは襲撃の作戦を考えていた。 ゼオルには「俺が潰す」と言ったものの、実際にはそう簡単では無い。 移動指揮所は実際には、厚い装甲で守られた車両になっている。 入るには暗証番号を入力しなければならないし、周辺は警備兵が警護している。 更に万一のトラブルに備えてバックアップの指揮車両があるのだ。 その2台をほぼ同時に破壊しなければならないのだ。 それを一人でやる、容易ならざるミッションなのだ。 グリムの持っている武器はナイフ一本だけだった。
移動指揮所マザー内部
森の切り開かれた場所に、緑と茶色の迷彩柄に塗られた大型トレーラほどの大きさのごつい車両があった。 その中は壁面が沢山のディスプレイに囲まれていた。 そして二人の当直員が周辺をモニターしていた。 大きな戦場周辺のマップには、緑の輝点の塊がドーナツ状に映っていた。 そしてその周辺に時折、赤い輝点が点滅した。
「はあーっ、今日も砦は落とせなかったようですね」 女性の兵士が椅子から立ち上がり、コーヒーを入れながら同僚に言った。
「ああ、お前はこの戦場は初めてだから知らないだろうが、奴ら武器は弓とか槍とか原始的なのに、予想以上に手強い」
「何故ですか? こちらの方が絶対有利ですよね。 それなのに何年もかかっているのになかなか侵攻は進まない」 女の兵士はカップを口に運んだ。
「大きく理由は二つだな。 一つは、奴らが不思議な力を使うって話だ。 奴らの矢は強力でバトルスーツも貫通する。 しかも矢が曲がって飛んで来るそうだ」
「それって超能力を持っているってことですか?」
「それはどうかな。 だが我々が知らない力を使えることだけは確かだ。 それともう一つは、この森林だ。 この深い森が軍勢の侵攻を阻んでいるのだ」
「どう言うことですか?」
「この森が軍勢の移動を困難にしている。 そのため、折角敵の砦や村を落としても、補給がままならず孤立してしまうのだ。 そして奴らは巧みに森を利用してゲリラ戦を仕掛けてくるのだ。 結局は占領した拠点を維持できず撤退せざるを得なくなるのだ」
「もっとダイナミックに、苛烈に攻撃すれば良いのではないですか。 例えばこんな森なんか焼いてしまえば良いではないですか」
「それはダメだ。 我々はこの森を毀損することなく手に入れたいのだ。 この森はこの姿になるまでに何千年もかかっているのだ。 焼いてしまったら取り返しのつかないことになってしまう」
「ふーん、面倒ですね」
「そう言えば、昨日気になる信号を見つけたとか言っていたな?」
「ええ、例の砦で一年以上前に行方不明になったナンバー4042の信号が見つかったんです。 今日は出ませんでしたけどね」
「4042と言うと、えーとユーゴ・ケンシン、ハルバードの兵士か」男の兵士がキーボードを打って検索した。
「こいつか、こいつは凄い戦歴だ。 “死神”とか噂されていた奴だな。 奴が生きていたとでも言うのか?」
「恐らくは砦の近くで死んでいたのが、何らかの影響でチップからの電波を拾ったんじゃないですか」
「まあ、そんなところだろうな。 出てきたら死神じゃなくて幽霊だな」
「一応は上へ報告は上げておきましたけどね」
「まあ、問題ないだろう」