1-2 捨てられた男
ユーゴが目を覚ましたのは、懲罰房の中だった。 周りを見渡し、自分が今どこにいるのかを理解した。 しかし何故自分がここにいるのかを理解するには、時間がかかった。 ひどい頭痛のなかで、バーでの出来事が少しずつ思い出された。
(なんで、あんなことをやってしまった。 だが挑発したのは奴らだ。 自業自得だ) ユーゴは洗面台で顔を洗うと、袖で顔を拭き、ベッドに横になった。 クレアの言った言葉が気になった。
(部隊長の恨みを買うようなことは、思い当たらない。 俺が何かやったのだろうか。 だが、確かにいつも俺の小隊は、特に苛酷な所に当てられていたような気がする。 それは俺の実力を認めていてくれているのだと思っていた。 部隊長は冷徹な人ではあるが、恣意的な判断をするような人ではないと思ってきた) ユーゴは天井のカエルのようなシミを見つめた。 頭痛がひどくなってきた。
(あーっ、考えられない。 頭痛えー。 グリム・リーパー、か・・・) ユーゴは考えるのを止めた。
5日後、部隊長室
「ユーゴはどうしている」 キール・バウラーは書類に目を通しながら、副官に尋ねた。
「はっ、確かバーで酔って喧嘩をして、懲罰房に入れられたままです」
「そうか、次の作戦にはユーゴも作戦に参加させる。 出しておいてくれ」
「しかし、あいつは色々問題を起こしております・・・」
「関係無い。 あいつは貴重な戦力だ。 今回の作戦では特にな。 問題以上の働きをしてもらおう」
「はっ!」 副官はそう言うと、部屋を出ていった。
机の上の電話が鳴った。 キールは顔をしかめながら、受話器をとった。
「キールです」 そう言うと、電話の向こうから男が何かを話した。
「はい、大丈夫です。 今度こそは生きては帰れないでしょう。 お任せください」 そういうとキールは受話器をおいた。 そして一つ深いため息をついた。
(すまない、ユーゴ。 お前はよくよく不運な男だ)
ブリーフィング
その日の午後、翌日の作戦のためのブリーフィングが行なわれた。 205特殊作戦部隊、通称“ハルバード”は1小隊20名、12の小隊からなる部隊だ。 だがその日集められたのは、小隊長も含め208名だった。 どの小隊も怪我や死亡による欠員がいるからだ。
「今回は我が軍はここから東北東、約250キロに進軍する。 敵はこの暫定境界線の北の都市サルバンに兵が集結しているという情報だ。 言うまでもなく我が部隊の任務は、主力の歩兵部隊1万の侵攻を容易にするため、事前に敵の主な拠点を叩くことだ。 今回の任務も困難なものとなるだろうが、諸君の働きがカーセリアル王国の未来を左右するのだ。 奮闘を期待する。 詳細については、少佐より説明させる」 部隊長のキールがそう言うと、副官と代わった。 副官が作戦の詳細と分担について説明を行なった。
「よろしくな、ユーゴ」 クレアが言った。 第4小隊はユーゴしかいないため、ユーゴはクレアの第5小隊に編入されたのだった。
「よろしく頼む」ユーゴはメンバーに言った。 第5小隊の他のメンバーは嫌そうな顔をした。
翌日未明、輸送機の中
ユーゴ達の第5小隊の他、第6、第7小隊57名は、敵である亜人達の防衛拠点である砦の一つを、急襲することになっていた。
「良いか、我々と第6小隊が正面側から、第7小隊が裏側から突入する。 攻撃開始時刻は0400時だ」 クレアは部下に命じた。
「奴らは不思議な力を使う。 矢は軌道を変えてくるし、このバトルスーツを貫通する。 注意するんだ」 ユーゴがそう言うと、皆が“お前が言うな”みたいな顔をした。
「ユーゴの言うとおりだ。 皆十分注意しろ」クレアが助け船をだしてくれた。
砦は静まりかえっていた。 砦は夜明け前の闇に包まれ、木製の防御壁の上にも兵士の姿は見えなかった。 ヘルメットのフェイスガードは、暗視モードにより、砦の様子がクリアに見ることができた。 山の上のこの砦はこの一帯では最も大きな砦で、千人以上の兵が駐屯していると言われていた。 今回の任務では、砦の制圧までは求められてはいなかった。 砦の武器庫や、給水設備、食料庫など主な設備の破壊し、砦としての機能を維持出来なくすることだった。
全員が配置についた頃、ユーゴには違和感があった。 時間は攻撃開始の3分前だった。
(何かおかしい。 変な胸騒ぎがする) ユーゴが砦内部の一角に動きを認めた。
(兵士が潜んでいる。 襲撃が察知されているぞ)
「罠だ! 待ち伏せされているぞ!」 ユーゴはインカムで叫んだ。 ユーゴ達は既に砦の防御壁近くまで接近していた。 ユーゴが叫ぶのと砦の守備兵が一斉に防御壁上に現れるのが同時だった。 亜人の兵士達は一斉に弓を構えると、ユーゴ達に向って矢を放った。 こちらも銃で反撃をしたが、半数近くが矢を受けて墜落していった。
ユーゴはとっさにジェットウイングの出力を最大にすると、上に逃れた。 矢は体の脇をすり抜けていった。 だが敵は次々と矢を放った。 ユーゴは体を反転させ矢をかわそうとすると、右のノズルの出力が急に落ちた。
(こんな時に、トラブルだと! 出撃前の点検では異常は無かったのに・・・) ユーゴはバランスを崩しながらも矢を避け、一旦矢の届かない高度まで非難した。 すると突然、背後で銃声がして頭に衝撃が襲った。 ヘルメットが割れ、ユーゴは墜落を始めた。 その時視界に一瞬、銃を向けた黒い兵士の姿が映った。
(俺は、味方に撃たれたのか? なぜ?) ユーゴは残ったバルブを操作して姿勢を制御しようとしたが、制御不能になっていた。
(この高さでは、いくらバトルスーツに守られていても助からない。 俺は死ぬのか) ユーゴは体重移動で翼を制御して軟着陸を試みるが、急速に地面が迫ってきていた。 そして強烈な衝撃とともに目の前が真っ暗になった。