1-1 死神と呼ばれる男
下の森林の中から、まばゆい閃光が襲った。 男はとっさに空中で体をよじり反転させた。 大きな光の塊が男の胸をかすめていった。 男の視界の端に同様の攻撃を受けた黒いバトルスーツの男が、まともに光を受けて体が蒸発するかのように消えていくのが映った。
「下だ! 全員気をつけろ!」 男はヘルメットの中のインカムを通して部下に警告した。 黒の男達は背負ったジェットウイングの噴射ノズルを加減し、体重移動で旋回すると光の発した方向へ急降下していった。 木々の中にうごめくものが見えた。 男達は森の中に銃撃を加えると、急降下を開始した。
木々の間から弓を引く複数の人影が現れた。 男達は黒の兵士達に一斉に矢を放った。 兵士達は空中で軌道を変えて矢を避けたが、矢は生き物のように軌道を変えて兵士を追った。 そして三人の兵士の腰や胸に突き刺さった。 三名の兵士はバランスを崩し、森の中に吸い込まれるように消えていった。
「クソッ!」 指揮官の男は腰から手榴弾を取り出すと、ピンを抜いて男達が固まっているところをめがけてそれを投げた。 数秒後、森の中で大きな爆発が起こり、人々の悲鳴が聞こえた。 そして他の黒の兵士達は、生き残った男達に銃弾の雨を浴びせた。
森を更に進むと、木々がまばらになった場所に出た。 すると先ほどと同様の男達が数十人ほど現れると、地面に直径30センチほどの筒状の物を置いた。 そして筒の中に次々と火を投げ入れた。
(ヤバイ!)
「散開!」 指揮官が叫んだ。 次々と筒が爆発し、無数の火のカケラが黒の兵士達を襲った。 5人ほどの兵士がモロに攻撃を受けた。 銃弾も貫通しない防護機能があるにもかかわらず、炎の弾丸は兵士達の胸にめり込み、兵士は即死だった。 更に、攻撃をかわすことが出来た兵士達に、次々と矢が襲いかかり撃ち落されていった。 指揮官のフェイスシールドの内側には様々な情報が表示される。 その左端には部下に振られたナンバーが表示されているが、それが次々とグリーンからレッドに変わった。 指揮官の男にも矢が迫ったが、避けられないと判断し、あえてヘルメットで受けて弾いた。
「グレイ、アリン、バッシュ、皆応答しろ!」
「グレイです。 バッシュは死にました。 ぐわっ!」 通信が切れた。
「グレイ、無事か!」 それに対して応答はなく、ディスプレイのナンバー9が赤に変わった。 気付いた時には、20名いた部下のナンバーは全て赤に変わっていた。 つまり誰も生きていないと言うことだった。 指揮官の男は激怒した。
(またか)
「許さない!」 男はそうつぶやくと、敵の中に飛び込んでいった。 ジェットウイングを巧みに操ると、アクロバティックな飛行で敵の攻撃をかいくぐり、手榴弾で次々と敵の拠点になっている建物を破壊し、銃撃で敵をなぎ倒していった。
30分ほど経った頃、百名以上いた敵兵のほとんどが倒れ、数名は森の奥に逃げて行った。 辺りが静まりかえると、男はあらためて無線で部下達を呼んだ。 だが、応える者は誰もいなかった。
ベルリアンの基地
ここベルリアンは、惑星クレアの二つの大陸の内、ビッグリーフと呼ばれるアルクオン王国が支配する大陸の南端の都市である。 隣の大陸を支配するカーセリアル王国が侵攻し、8年前にようやく建設した新しい都市である。 カーセリアル王国は、この軍事基地を拠点に更に北征を進めていたが、アルクオン王国の抵抗も激しく一進一退を続けていた。
ユーゴ・ケンシンは作戦後報告が済むと、基地内のバーに入ってきた。 バーで飲んでいた他の者達は、グラスを止めユーゴを見た。 ユーゴはそんな仲間達の目も気にせずカウンターに向うと、バーテンにウイスキーをロックでたのんだ。
「ユーゴの隊、また部下が全滅だってよ。 どうなっているんだ?」 近くのテーブルで飲んでいる奴らの声が聞こえてきた。 ユーゴは聞こえないふりで、出てきたグラスを一気に飲んだ。 「ふーっ」と顔をしかめながらため息をつくと、お代わりを注文した。
「小隊長としての自覚が足りないんじゃないか。 戦果を上げる事ばかり優先して、部下の命なんて何とも思っていないのだろうよ」 テーブルで飲んでいるもう一人の体の大きな男が、わざと聞こえるように言った。
「ユーゴと一緒だった同僚や部下で、まだ生きている奴はいないんじゃないか? まさにグリム・リーパー(死神)だよな」
「ははは、鎌を間違えて味方に振るう間抜けな死神だろう。 あいつと一緒の作戦はご免だな」
ユーゴは出てきたウイスキーをまた一気に飲み干すと、グラスを思いっきり握った。 “ピシッ!”という音とともにグラスが割れた。 グラスの破片で掌が切れて、赤い血がにじんだ。
「ダメよ、短気を起こしては・・」 そう声をかけたのは、同じ部隊の小隊長クレア・ボーエンだった。 クレアはポケットからハンカチを取り出すと、ユーゴの右手の掌に巻いた。
「部隊長もおかしいわ。 あなたの小隊はいつも最も苛酷な戦場に送られている。 幾ら危険度の高い特殊作戦部隊とは言えど・・・。 あなた何か部隊長の恨みを買うようなことをしたんじゃないの」
「・・・・・」 ユーゴはクレアの問いには答えず、またウイスキーを注文した。
「それにしても、おかしくないか。 幾ら危険な作戦とは言え、部下が全滅しているのに、自分だけ無傷で生きて帰って来るなんて。 しかもこれが初めてじゃないって言うじゃないか」 小柄な方の男が言った。
「部下だけ突撃させて、自分は物陰に隠れて震えていたんだろうよ」 体の大きな方がそう言うと声を上げて笑った。 ユーゴは振り向くと二人を睨みつけた。
「おっ、何だよ。 図星をつかれて怒ったのか?」
「へっ、腰抜け野郎が、やんのか」 体の大きい方がファイティングポーズをとって挑発した。
ユーゴの怒りが頂点に達した。 それを察知したクレアがユーゴの腕を押さえようとした。 しかし間に合わなかった。 次の瞬間、ユーゴは男達の面前まで距離を詰めていて、ユーゴの右の拳が体の大きな方のあごを砕いた。 そしてそのまま体を回転させると、小柄な男の顔面に右の裏拳をみまった。 小柄な男は鼻を折られて後ろのテーブルまで吹き飛んだ。 それはほんの一瞬のできごとだった。 バーの中は騒然となった。
「止めるんだ、ユーゴ!」 クレアが叫んだ。
ユーゴの怒りは収まらず、誰彼かまわず殴りかからん様子だった。 すぐに憲兵が現れ、ユーゴは突然の電撃を受け、気を失った。 憲兵がユーゴにスタンガンを使用したのだった。