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05 運命を変える力



 城から貴族街の屋敷に戻るまでの馬車の中、アストレアの頭の中は、魔導士として名を残した三代前の先祖のことでいっぱいだった。魔導院の一員でもあった彼女は、研究者としても成果を上げていたようだ。

 魔導に関する書物や研究はすべて魔導院に保管されいているということで、家の図書室には本の一冊、走り書きの一枚も残ってはいなかったが。

 アストレアが住んでいる屋敷はそのころ――約百年前に建てられ、いままで改装を重ねながらも建て替えられてはいない。

 ならばきっとどこかにあるはずだ。

 見取り図の記憶を頼りに、実際の建物の構造と頭の中で比べながら地下の魔導研究部屋を見つけたのはそれから三日後のことだった。


 地下の古びた棚の後ろに隠された扉。

 その先には、太陽の光が届かないというのに不思議と明るい部屋があった。壁や天井がわずかに発光していて、灰色の部屋を仄明るく照らしている。

 部屋の中央には大きな魔法陣。

 壁際にはほとんど本が並んでいない本棚と机。家具はどれも質素ながら年代物だ。本棚を調べると、魔導書が一冊。大量の紙が乱雑に突っ込まれている。紙には走り書きがたくさん。

 机の上には筆記具といくつもの瓶。瓶の中には乾燥した葉っぱやら色とりどりの鉱石やら湿り気のある粉やら。


 そして大量の薪。かまども暖炉もないのに。

 そういえば、地下だというのにあまり寒くないし、湿気もないことに気づく。

「不思議な部屋ね。ひいおばあ様、こんな素敵な場所を遺してくださりありがとうございます」

 先祖に最大級の感謝を捧げ、魔導書の表紙を撫でる。ホコリもほとんど積もっていない。

 分厚い魔導書を開くと、表紙の裏部分にひどい崩し字で一文が書かれていた。

「えっと……わが、子孫よ…………運、命を、変えてみせなさい……?」


 運命?


「ずいぶん大げさなような。魔法には、運命を変える力があるということかしら」

 ページをめくる。そこには魔法陣が描かれていて、それが部屋の中央に書かれているものと同じだった。

「どうやらこれは、結界みたいね。この中で魔法を使っても、外に漏れない。練習する場所としては最適ってことね」

 古い言葉と崩し字と略字で解読に時間がかかったが、それだけは理解できた。

 次のページ。魔法の初歩中の初歩。これができなければ諦めて部屋を出ていけと書かれている。

「わかりましたわ、ひいおばあ様」

 闘志がめらめらと燃え始める。

 アストレアは薪を一本手に取り、魔法陣の中央に立てた。魔法陣のぎりぎり端まで下がり、外には出ないように気を付けて距離を取る。

 両手を薪に向けて伸ばす。


 大切なのはイメージすること。

 自分と世界は繋がっている。内に眠る力で、世界に変化をもたらすことができると。

 試験石を握ったときの感覚を思い出せ。あの、全身からいままで知らなかった力が引き出される感覚を。


 私と世界は繋がっている。

 意志と力で、世界は、運命は変えられる。


「炎よ」


 ――ぷすん。


 小さな小さな音を立てて、薪がころんと倒れる。

 白い煙がうっすらと昇って、やがて消える。

 ほんのわずかな火の残り香。それは、間違いなく魔法が発現した証だった。

「できた……!」

 じわりと涙が浮かぶ。

 胸の震えは止まることを知らず、アストレアはその場で泣き続けた。



 それからは、機会を見つけては魔導研究部屋に入って魔法の自己練習を行った。

 魔力の制御を上達させるには回数をこなすのが一番だった。まずはイメージし、現実をイメージに近づけていけるようにする。

 力の出し方、言葉選び、ポーズも色々変えて、とにかくいろんなパターンを試す。どんなことが効果的かなんてやってみなければわからない。一心不乱だった。


 私は、この力を扱えるようにならなければならない。


 それは力あるものの義務だからか。

 運命を変えたいと思っているからか。

 運命なんて誰にもわかりはしないのに。


 家族の誰にも相談はしなかった。それはジークフリートとの約束でもあったし、アストレア自身、誰にも知られたくなかった。誰にも知られず、この力を扱えるようにならなければ。

 もともと図書室にこもって本ばかり読んでいるおとなしい子どもだ。少しぐらい姿を消しても誰も気にしたりはしない。食事の時間にさえ顔を出し、朝に聞かされるその日の予定をこなせば。

 月に一度の継承者会議と、水の日にジークフリートに会いに行くのだけは欠かさなければ、アストレアを怪しむものはひとりもいなかった。


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