03 夢/ジークとレア
踊る。踊る。華やかに着飾った男女がくるくると。新しい時代の喜びと賑わいの中で。
玉座には女王が座り、その傍らには次期女王が凛と立つ。春の女神のようにやわらかな笑みを浮かべて。金色の美しい髪と清楚な白いドレスが愛らしさを際立たせている。
玉座の階段の下、もっとも次期女王に近い場所には黒衣の騎士が控え、時折、次期女王に視線を配る。愛しきものに向ける優しいまなざしを。
そこにいる人々の顔は、切り絵の絵本のように影に覆われて見えない。
音楽はやがて悲鳴に代わり、白く輝く玉座の間は真っ黒な闇に侵食されていく。
踊る。踊る。逃げ惑う人々が炎に追われくるくる回る。
黒い影が床に重なり、床も壁も天井も闇に塗りつぶされる。
赤髪の魔女だけが、炎にエスコートされて踊りを続けていた。全身から喜びと炎を溢れさせ、楽しそうに踊っていた。
黒衣の騎士だけが魔女のもとに向かっていく。
剣が黄金色に煌めき、魔女の身体を真っ二つに切り裂いた。
炎に照らされた騎士の顔だけは見えた。黒い髪、青い瞳の、精悍な顔つきの青年。
騎士に倒された魔女は、うつろな瞳で笑いながら、騎士の姿を見つめていた。
ジークフリート・ヴィルヘルム。
(あなたが、私を、殺すのね)
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ベッドの上で目が覚めた。
あたりは明るく、まだ日中のようだった。アストレアの部屋でも屋敷でもない。調度品の雰囲気が違う。
なんだか嫌な夢を見ていた気がするが、まったく覚えていない。
アストレアは目を閉じ額をぬぐった。多分またあの夢だ。悪夢を見たとき、たいていは起きた瞬間はどんな夢か覚えている。
だがあの夢だけは、何度も見ている気がするのに、起きた自分は覚えていない。
悲しいような、苦しいような、泣きたいような、嫌な気分だけを残していく。
深く息を吐き、目を開く。起き上がろうとする。その途中で視線に気づいた。
ベッドの横に椅子を置いて、少年が座っていた。
アストレアを青い瞳で見つめていた。
王甥ジークフリート。
思い出してしまった。バラ園で彼に出会った瞬間、失神してしまった大失態を。
「だいじょうぶか」
声に、身体がびくっと震える。
心配されているのに、及び腰になってベッドの反対側へ逃げようとしてしまう。
ジークフリートが怒った。
「いつもはベタベタしてくるくせに今日はなんなんだ」
顔をしかめ、不機嫌そうに言い放つ。
確かにこの態度はいけない。
彼は王族。そして、大好きだった相手だ。
六歳のアストレアは彼が大好きだった。
ずっと彼を追いかけて。
それは恋だと思っていた。
でもいまならそれが恋と呼べるようなものではないとわかる。
年が近く身近な存在の中ではいちばん尊い存在だったから好きだった。お人形や砂糖菓子、きらきらした宝石とおなじ好きだった。
相手のことを考えない自分勝手な好き。その気持ちと多大にかけた迷惑を、いまは恥ずかしく、申し訳なく思う。
「た、大変失礼いたしました。ジークフリート殿下」
気を取り直し、背筋を伸ばし、心を落ち着かせて頭を下げる。
彼は王族。女王陛下の甥。高位貴族の子女であるアストレアにとって、礼を尽くさなければならない相手。
「介抱してくださりありがとうございました。今後は殿下にご迷惑をかけないように気を付けます」
「うるさい」
今日一番怒気に満ちた声で黙らされる。
「お前まで他のやつみたいなこと言うな」
(どうしろと)
他に言える言葉が見つからない。
「どうして最近顔を見せにこなかった」
――あなたのことを完全に忘れていました。以前は確かに暇さえあれば城に連れて行ってもらうように頼んでいました。でもいまは本に夢中です。ごめんなさい。
なんて言えるわけもない。
何も言えなくなってしまうが、ジークフリートはアストレアの返事なんて待っていなかった。
「お前は嫌いだけどいないよりマシだ。これからは水の日は絶対に城に来い! 命令だ!」
「えっ? ええー!」
どういう理屈かわからない。そんなことになれば、読書時間が減ってしまう。こんなの無茶苦茶だ。横暴だ。暴君め。
嫌いと言いながら会いにこいと言う。
理解できないが考えられるのは、本当はアストレアを気に入っているか――いやこれはない――本当にいないよりはマシだから、か。
ジークフリート・ヴィルヘルム。女王の妹の第一子。王家で生まれ、王城で暮らす、王族唯一の子ども。
彼の周囲は大人たちで固められていて、同じ年頃の子どもはいない。城の中で教育を施され、外に出ることもできず、アストレアの記憶の中では親しい友人もいなかったはずだ。そもそも友人になれそうな相手に出会える環境ではなかった。
貴族にも男子はもちろんいるが、王位を継ぐ可能性がまったくない王甥のご友人に息子を推挙する高位貴族はいないようだった。
同じ位置で、話し、遊べる相手がいない。
その境遇が少しだけかわいそうだと思ってしまった。
だからついうっかり「わかりました」と言ってしまった。
「よし、それでいい」
ジークフリートは満足そうにうなづく。
アストレアはもはや後悔しそうになっていた。だが、後悔なんてしてなるものか。
「その代わり、ひとつお願いがあります」
「言ってみろ」
アストレアが承諾してすごく機嫌がいいのか、ジークフリートは寛大さを見せてくれた。
「図書館に入る許可をいただきたいのです」
智の宝庫に入れる許可を。
城の図書館はアストレアの家の図書室より何十倍も大きい。その蔵書も比べ物にならないだろう。ただし、最重要施設だけあって誰にでも公開されているわけではない。入館許可をもらうには確かな身分がいる。騎士であったり、役人であったり、王立学院の生徒であったり。平民でも、身元を保証してくれる貴族がいれば入ることはできる。
アストレアは身分はともかく、年齢が足りない。すでに、非常に丁寧に追い返されたことがある。
アストレアが入館許可をもらうためにはもっと大人になるか、特別待遇が必要だ。
「あんなつまらないところに行きたいなんて変わってるな」
(あの素晴らしさを理解できないなんてお可哀そう)
本気で思うが言えば交渉決裂しそうなので黙る。
「お願いします。ジーク様だけが頼りなのです」
父と母には「もう少し大人になってから」と言われてしまっている。
「わかった。陛下に言ってみる」
「ありがとうございますジーク様! 大好きです」