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24 魔導院にて


 魔導院の長の部屋と言っても、目に映る場所は普通の執務室と変わらない。

 大量の本が並び、大きな机の上には書類の束とペン。長椅子がふたつとその間にテーブルがひとつ。

 壁には銀色の竜と緑の竜の絵が飾られている。

 窓には深緑色のカーテンがかけられ、内外の視線を遮っている。そのせいか、部屋は薄暗い。


「魔王は存在すると思いますか」

 秘密の授業の始まりに、一番聞きたいことを口にする。

 ウォーロックは顔色一つ変えずに、天気の話をするかのような気軽さで答えた。

「魔王はすでに誕生しているよ。それが魔導院の見解だ」

 妹のエリスには子ども用の物語と笑われた魔王の話を、魔導院の長は、魔導院として認める。

 しかもすでに誕生しているという。

「どこの誰に呑まれたかまではわかっていないが、近々明らかとなるだろう。……ああこれは喋りすぎかな」

「魔王を、人が、呑むのですか?」

 話があべこべな気がする。

 ウォーロックは面白がるような笑みを口元に浮かべ、頬杖をついてアストレアを見つめる。

「さて、ここからはおさらいだ。闇の力というのは不思議なものでね。それらは自然に、徐々に世界に溜まっていく。そのうち人や獣を呑み込み、呑まれたものは魔物となる。――闇落ち、とも呼ばれるね」

「闇落ち……ですか」

「しかし闇の力に吞み込まれず、逆に呑み干してしまったものが稀にいる。そのものは自在に闇の力を使えるようになる。それが魔王だと言われている」

「魔王……」

「そして魔王は勇者により必ず倒される。魔王が倒されると、世界の闇はいったん浄化され、平和な世界が訪れる」

「…………」


「これが世界の理――魔導のひとつだね。魔王の誕生も、その滅亡も、世界の必然なんだ」

「その周期が、約百年ごとなんですね」

 世界が生まれ変わるための儀式。

 だとすれば、魔王は永遠に滅びることはない。朝に太陽が登るように、夜に月が輝くように、世界がここに存在している限り、有り続ける。


「闇に吞まれた人は、どうなるのですか」

「そのために魔導院と騎士団がある」

 それらと戦うための力が。

 その力で表面上の平和は守られていた。では、その力で消された人は?

「……どうなるのですか」

「闇に呑まれた生き物は、正義の刃に倒されなかったとしても、最後には塵となる。肉体のほうが耐えきれなくなるんだよ。残った精神は闇へと帰り、世界に溜まる。そして闇の力がまた強くなる」

「…………」

 助かる方法はないということなのか。

 だがそれはアストレアの知っている事実とは違う。

「ただ、ほんの時折、女神の気まぐれのように元に戻ったケースもある。私の知る限りたった二例だけだがね」

 難問を前にしたように、困ったように笑う。

 背筋が冷たくなった。ウォーロックはすべて知っている。


 アストレアは二度、闇と戦った。そしてその二度とも、現場ではただ立ち会っていただけになっているはずだ。魔法を使えることを表沙汰にしないために。

 アストレアが魔法が使えることを隠しておかなければ、記録に間違いが出る。

 故意に間違った記録をつけたとなると、その人物に然るべき処分が下される。国家に対する背任行為以外の何物でもないからだ。

 これは、大罪だ。国家の安全に対する罪。

 そして処分されるのはアストレアではない。記録を残した人物だ。

(先生はすべてお見通しだ)

 ジークフリートに言っていた「悪手」の意味をようやく理解する。

 ジークフリートはアストレアの魔法のことを知っていながら、誰にも言うことなく、ひとりで抱え込んでいる。

 子どものころのことならまだしも、いまの彼は正騎士だ。罪の重さを知らないはずがない。

 ウォーロックはそれらを飲み込んであげるから、力の秘密を提出するようにと暗に言っているのだ。

 そしてそれはアストレアの希望と合致する。


「先生。ひいお祖母様の遺してくださった研究が我が家にあるんです。魔導院にて預かっていただけないでしょうか」

「ありがたい申し出だが、それはレーヴェ家の大切な資産ではないかね」

「研究は共有されるべきです。ひいお祖母様も、お母様も、お父様も、きっとわかってくださると思います」

「ふむ……アストレア君。君もその研究を読んだのかね」

「はい」

「それらを読んだとき、どんな言葉が生まれたのか教えてくれないかな」

「えっ……」

「頼むよ。後学のために」

 魔法は、発動の際に言葉を使うことが基本となっている。声で世界を揺らし、魔導で錬られた魔力を発し、現実を変化させる。

 言葉自体はなんでも構わない。己の中のイメージと合致していれば。

 魔法発動の際の言葉は個人の想いやセンスが如実に現れる。


「……星の風……です」

 なんだか無性に恥ずかしい。

「なるほど、なるほど」

 ウォーロックは本当に楽しそうに何度も頷く。その瞳は少年のように輝いていた。

「アストレア君。星は光って見えると思うが、実はあれは燃えているらしいよ。天文に傾倒した魔導士が言っていたんだ」

「は、はあ……」

「星の風。実にいい言葉だ」

 自分で言うときは無我夢中だから気にしたことはなかったが、他人の口から紡がれるととてもむず痒い。

「だが、敢えてなのか何故なのか、要素と言葉がいかんせん嚙み合っていない」

「そうですね……」


「星炎……アストライアー……うん。アストライアーとでも名付けようか」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 何故かアストレアの名前が引用されようとしている。この流れはいけない。アストレアは魔導史に名前を残す憧れは微塵もない。

「闇を燃やす炎、と研究には書かれていて、私はランタンの灯と呼んでいて」

「それではただの灯火だ。やっぱりアストライアーだよアストライアー」

 なにがやっぱりなのか。

「ああ、やはり君のオーラは美しい」

 ウォーロックは目頭を押さえ、うっとりと呟く。

 人間は恥ずかしさで死ねるかもしれない。

「ご随意に……」

「レーヴェの研究成果は後ほど引き取りに伺おう。ああ楽しみだ」

 魔法の名前はさておき。

 アストレアと同じ魔法が使える人が増えれば、闇に落ちても助けられる人が増えるかもしれない。

 うまく行くかはまだわからないが、希望はある。闇夜に灯すランタンのような、明るい希望が。


「ところでアストレア君は、勇者の存在は気にならないのかね。魔王と言えば勇者だろう」

 アストレアは微笑み、首を横に振った。

 ウォーロックはとても意外そうな顔をする。そんな表情を見たのは、学生時代も含めて初めてかもしれない。

「先生、ジーク様の居場所をご存じですか」

「この時間なら騎士団本部かな」

 少し困った。

 ジークフリートを探し回っていた時に、二度と来ないように言われている場所である。

「私の名代として、お使いを頼まれてくれるかな」


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