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23 友だち



 翌日、アストレアはルシーズの屋敷に向かった。

 今回は玄関先で丁寧に帰されることなく、ルシーズの部屋にまで招き入れられる。

 ルシーズの部屋はきれいに整頓された、落ち着いた部屋だった。机の横には大きな本棚があり、読み込まれた本が並んでいる。アストレアも何度もルシーズから本を借りたことがある。

 机の上には、書きかけの手紙。そして刺繍されかけたハンカチがあった。

 あまり見るのも悪いと思い、すぐに視界から外す。

「あなたが来る前に、魔導院の方が来られたわ」

 勧められて椅子に座り、紅茶を淹れるルシーズの姿を見ていたときに聞こえた言葉に、どきりとした。

「魔導院の方が? ど、どうして?」

「昨日のわたくし、どうやら闇の魔力に当てられて夢現をさ迷っていたみたいなの。最近多いのですって。その調査に来られたの。すぐに帰られたけれど」

 困ったようにため息をつく。

 淹れたての紅茶がアストレアの前に置かれた。

「眠ったまま外を歩いていたわたくしを、あなたが見つけてくれたのね。どれだけ感謝しても足りないわ。ありがとう」

「……あのね。ルシーズに呼ばれた気がして、外に出たの」

「あら。なら、わたくしが本当に呼んでいたのかもしれないわね」

 鈴を転がすように笑う姿は可憐で、少し幼い印象で。朝露に濡れたバラのように美しかった。


「……ルシーズ。ジーク様のことなんだけれど」

「もういいわ」

 偽装婚約についてのことを正直に話そうと思っていたのに、ぴしゃりと黙らされる。

 ルシーズは清々しい微笑みを浮かべた。

「もういいの。なんだか、吹っ切れてしまったから。この恋はもう終わり」

 窓の外を遠い目で見て呟く。

(……乙女心ってわからない)

 あんなに恋焦がれていたように見えたのに。

 いまのルシーズの表情は晴れやかで、未練などは一切ないように見える。

 アストレアの方は昨夜からジークフリートのことが頭から離れないというのに。

 左手の薬指の指輪も。付けてくるか迷ったこの指輪も付けてきてしまって。

 いまは何故か返したくなくなっているのに。


「それよりもアストレア。わたくし女王候補を辞退するわ」

「えっ?」

「家は弟に任せて、補佐官を目指したいの。その勉強に集中したいから」

 補佐官は王の政務を補佐する、役人の中でもトップの官職だ。家の格よりも本人の資質と優秀さが重視される。

「それは、びっくり……でも、うん。応援する! ルシーズなら絶対になれるわ」

 ルシーズは王立学院にもずっと通っている。

 成績も常に優秀で、品行方正。優等生として、理想的な生徒として評判だった。一年しか在籍していないのに問題児扱いだったアストレアとはまったく違う。

 どんな心境の変化があったのかはわからないけれど。

 ルシーズをずっと応援していたいというアストレアの気持ちに変わりはない。

「ありがとう。ねえ、アストレア」

 声の響きがとても優しく。

 ルシーズは少し照れたように微笑みながら、澄んだ瞳にアストレアを映した。

「あなたが女王になっても、領主になっても、何者にもならなくても――ずっと、お友達でいてくれるかしら?」

「もちろん!」



##



 ルシーズの屋敷から出たアストレアは、馬車でまっすぐに城に向かった。

(魔導院がルシーズのところに……おそらく、昨日のお屋敷にも)

 馬車の中で昨夜の光景を思い出す。

(ジーク様は、慣れていた)

 ルシーズが闇に吞み込まれても、動揺がなかった。おそらくあのような光景を何回も見てきている。そして、何回も戦った。

 個人ではなく組織として。

 ジークフリートが持っていた魔石。

 騎士団と魔導院が協力して魔物対策に当たっていること。

 魔導院の長であるウォーロックがルシーズの様子を見に来たことも、ルシーズの家に来た調査というものも。

 すべてはひとつの考えに行き着く。


(王都ではいままで何回も、同じような闇に呑まれる事件が起こっているのではないかしら)

 そのほとんどは助からずに、退治されて。失踪したことにされているのではないか。

「…………」

 それならば、ジークフリートの慣れた様子も、ウォーロックの行動も、貴族の失踪事件も、腑に落ちるところがたくさんある。


 膝の上で握った手が怒りで震えた。

(何が、平和よ)

 守られていたことも気づかずに、表面上の平和を享受していた。

(私は何も知らずに)

 平和を喜び、のんきに過ごして。

 その裏でどれだけの血が流れていたかも知らずに。

 知らないままなら、それを甘んじて享受していただろう。だがもう、行き着いてしまった。

(会わなくちゃ)

 約束はしていないが、きっと会ってくれるはずだ。問題は、そこにいるかどうかだったが。



 王城の敷地内にある、灰色の石造りの建物群。小さな建築が寄り集まってひとつの砦のようになっている場所が、魔導院の本拠となっている。

 別名、竜の爪。

 怪談にも事欠かない場所で、不慣れなものが案内人なしで入れば帰ってこれないとの話も多い。

 アストレアが受付で面会の希望を伝えると、そのまま待ち時間もなく上の部屋へ通された。

 魔導院の主の部屋へ。


「やあ、いらっしゃい。いやぁそれにしてもこの歳で徹夜はきつい」

 昼間だというのに薄暗い部屋の中で、初老の紳士は長椅子に寝そべったまま、眼鏡を上げて目元をこする。

「お休み中のところを失礼します」

「私は未来がわかるんだ。君が来ることはわかっていたから構わない」

「嘘ですよね」

「アストレア君は時々つまらない」

 小さく口元を尖らせる。

 ウォーロックはかけていた毛布を横に置き、長椅子に座り直す。


「聞きたいことがある顔だ。だが、残念ながら君に話すことを許可されていない」

 魔導院の長が、誰の許しが必要なのだろうか。

(ひとりしかいない)

 この国の最高権力者。

 腹部の奥が重くなる。アストレアはいま、とてつもなく深くて暗いところに足を踏み入れようとしている。けれどもう引き返すことはできない。

「ただ、質問は受け付けよう。君は私の教え子だ。そこにかけるといい」

 向かいの椅子を勧められ、その場所に座る。

 柔らかいクッションは腰をやさしく包み込んだ。


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