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13 【16歳】望まない婚約



 十六歳の誕生日パーティーの翌朝は、涙で始まった。

 目が覚めたら泣いていた。また、悪い夢を見たのだろうか。

 相変わらず何も覚えていないのは腹立たしいけれど、覚えておかないほうがいいことだから忘れるようにしているのだろうか。

 わからないけれど。

 夢のことを考えても幻を追いかけるようなものだ。

 アストレアはベッドに寝たまま両手を天井に向けて伸ばす。

 長くしなやかに伸びた腕。年相応の身体。

 起き上がり、鏡台に向かい鏡にかかっている布を外す。


 炎のような赤く長い髪に、白い肌。釣り上がりぎみの目。宝石のような青い瞳。

 身長も手足も伸びた。

 ――十六歳。やっと心と身体が釣り合った。

 鏡に布をかけ直し、窓へ近づく。窓を開けると、少し冷たく心地いい風が吹き込んでくる。

 窓の外、塀の向こうに見えるのは、昔から変わらない王都の景色。空は、領地の空と変わらず青く。澄み渡った広い空を、黒い鳥が飛んでいるのが見えた。

(ジーク様はどうしていらっしゃるかしら)

 ここ最近はずっと領地で母の仕事を手伝っていて、継承者会議ぐらいでしか王都に戻ることはなかった。

 ジークフリートとも長らく会っていない。いちおう領地に行く前には手紙や言伝で連絡するようにはしていたが。

 これからは社交シーズンでもあるため、アストレアも母と一緒に王都に戻ってきた。城で政務官として働く父と王立学院に通っているエリスは基本的に王都で暮らしていたため、久しぶりに家族がそろった。



「お姉様、おはようございます」

 食堂に行くとエリスが元気よく挨拶をしてくれた。アストレアも挨拶を返し、改めてエリスの姿を見る。長く美しい金色の髪。少し垂れ下がり気味の、愛嬌のある青い瞳。人懐っこい笑顔。

 おとぎ話に出てくる、皆に愛されるお姫様のようだ。

 ただし服装を除いて。

 エリスの姿は動きやすい簡素な運動着。毎朝庭で行っているトレーニングを今日も欠かさず果たしてきたようだ。


 父と母も揃って、家族四人での朝食が始まる。

 パンとスープ、白身魚と野菜のサラダ、キノコと鶏肉のオムレツ、桃の砂糖漬け。ミルクとハチミツ入りの紅茶。レーヴェ家の料理人のつくる食事は今日も最高だ。

「そうそう、レア君。初等教育が義務化される法案ができそうだよ」

「本当ですか!」

 領地で初等教育を導入してから五年。王国全体でも導入され始めてから三年。

 いままで自分の名前しか書けなかった農村の民たちにも読み書き計算は浸透してきている。義務化されるとなれば一気に広がっていくだろう。

 識字率が上がり計算できる人が増えるのは、経済にも将来的にもいいことだ。読書人口も、いずれは書き手も増える。とてもいいことだ。

 初等教育の浸透のために実際に動いてくれた領主である母や高官である父、領地の役人、教会や町と村の長たちに深く感謝する。

「よかったですね、お姉様」

「ええ」


 アストレアもこの五年は領地と王都を行ったり来たりしたり、地方の視察をしたりして初等教育の普及の手伝いを精力的に行った。去年の一年だけだが王立学院にも参考のために通ったりもした。

 ――懸念だった魔力試験は短期の特別入学だったアストレアには行われなかった。だからアストレアが魔法を使えることを知っているのはまだジークフリートだけだ。

 この五年は特に平和で、外で魔力を使うような事件も起きなかったし、アストレアが危惧していた魔王誕生もその気配がまったくない。

 世界のどこかで魔王が成長しているかもしれないが、この女王の国は平和だ。アストレアに入ってくる外の国の情報も、気になるものはあるが「魔王」という単語はない。

 本当に平和で充実した日々。

 こんな日が続けばいいと思う。続けるだけではなく発展させていかなければ。いまのアストレアの目標は、いつか各地に王立学院のような高等教育機関ができることだ。


「あぁそうだ! 大事なことを忘れていた! レア君、おめでとう。ジークフリート殿下より結婚の申し込みがあったよ」

「……え?」

 一瞬、父の言葉が理解できなかった。

 自分の中で繰り返し、納得する。

「お父様ったら。ご冗談を」

「まだ決定というわけではないから、しばらくは仮の婚約ということになるが、然るべき時に王室から発表されるだろう。楽しみだねぇ」

 父の笑顔と、母の落ち着いた表情。

 アストレアは事態の深刻さを理解した。

 これは冗談ではない。思わず椅子から立ち上がる。

「もしかしてお受けしたのですか?」

「んん? 断る理由がないだろう? レア君は昔から殿下が大好きだからねぇ」

 父は少し寂しそうに、遠い目をして答える。

(まだされていたの? その誤解)

 脱力して椅子に腰が落ちる。


「今夜は殿下を交えての夕食会だ。レア君もエリス君も準備をしておくんだよ」

 アストレアの耳に父の言葉は届いていない。意識は既にはるか遠くへ飛んでしまっていた。

(なんで? なんで? 最近は会う機会すら減っていたのに)

 領地へいく期間が増えたり、去年は王立学院に通ったため、毎週水の日の登城は格段に減った。それでも都合のつく日は登城したがジークフリートも十六歳で正騎士叙勲してからは忙しくなったようで、会える時間はほとんどなくなった。

 会えてもほんの少しの間だけ。

 前回言葉を交わしたのはいつだったか。

 それほどの距離ができていたのに、いきなり結婚とは。

(何を考えているのよー!)


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