12 王の資質
「アストレアお嬢様。王宮からのお手紙が届いています」
執事が一通の手紙を持ってくる。銀の盆に載ったそれを受け取る。
ジークフリートからの手紙だ。
「使者様はまだいらっしゃいますか? すぐにお返事を書きたいので、待っていただいて大丈夫か聞いてもらいたいの」
「かしこまりました」
「エリス、使者様のお茶のお相手をお願いしてもいいかしら」
「も、もちろんですぅ!」
すごい勢いで走っていく。
エリスにあんな顔をさせるのは一人だけ。銀髪の貴公子以外にいない。
使者の歓待はエリスに任し、ペーパーナイフで手紙を開けた。
最高級の紙に、少し右上がりの癖のある字。ジークフリートの直筆の手紙だ。
保護された女性が意識を取り戻したこと。
だが何も覚えていないこと。
身元の調べはついたが、本人が帰ることにとても怯えているのでしばらく城で預かり調べること。
あと、アストレアに今後は夜にひとりで出歩くことを禁止すること。
手紙を読み終わり、アストレアは安堵の息をつく。
あの女性が無事でよかった。
高位貴族を襲うのは重罪だ。本来なら処刑されてもおかしくない。だが彼女は何も記憶がなく、被害といえば公園の植物がいくつか消えただけ。
アストレアは少し怖い思いをして、小さな怪我をしてしまったが。あの闇には複雑な思いはあるが彼女自身のことは無事でよかったと思う。
すぐにお礼の手紙を書き、刺繍したばかりのハンカチを添える。
――そう、人づてに渡してしまえば恥ずかしくない。その場で直接突っ込まれることもない。
それらを自分の手で応接間の使者のところへ持っていく。応接間では楽しそうな歓談の声が響いていた。
「お待たせしました」
アストレアが入るとエリスは少しだけ残念そうな顔をした。とても楽しい時間を過ごせたようでなによりだ。
使者であるユリウスに手紙を託す。
「確かに。引き受けました」
従者なのに手紙の配達まで任されるなんて、ジークフリートはよほどユリウスに甘えているようだ。
――ユリウスはどこまで知っているのだろう。噂のこと。本当のこと。ジークフリートがどこまで話しているかわからないから、アストレアからは何も聞けない。
「ジーク様はお元気でしょうか」
ユリウスは返事の代わりにやさしく微笑む。銀色の髪がきらきらと光って眩しい。
「騎士の剣は守るべきものがある限り絶対に折れないと、騎士であった父がよく言っていました」
騎士道だ。
「姫が心配することはありませんよ。それでは、失礼します」
「ユリウス様もお気をつけて」
去り際に穏やかな笑顔をエリスに向ける。
「エリス姫、楽しい時間をありがとうございました」
エリスは花の咲くような笑みで応え、ユリウスを見送った。
(きらきらしてる……)
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白銀週の光の日。毎月恒例の後継者会議。
いつもは義務だから参加していた。けれど今回は違う。
本日の会議はサロンで行われる。アストレアはいち早く登城し、ある人物を待った。
「ルシーズ様!」
数人の令嬢と共に現れたルシーズは、突然大きな声で呼ばれて信じられないものを見る目でアストレアを見た。
「貴女……はしたないにもほどがありますわよ」
「ルシーズ様と話してから、ずっと考えていたんです。王とはどんな存在かと。王とは、国の責任を取る人だと思いました」
「責任……?」
「はい。実務は優秀な方に任せ、彼らが余すことなく力を発揮できるように、最後の責任を取る人なのではないかと思いました」
いつの間にか会議の場は静まり返っていて、アストレアの声だけが響いていた。
「そうやって各々が力を尽くして良い国をつくろうとすれば、国はどんどん発展して、いつかは国の民全員でより良い国を、未来を、つくっていけると思います」
夢物語かもしれない。
だがアストレアは夢が見たい。
「だから、ルシーズ様のおっしゃられた民に愛される人が王に相応しいというのは、正にそのとおりだと思います」
「バカじゃない! 平民が国の未来とかそんなことできるわけないじゃない!」
「そんなことありません。みんなが本を読めて、誰でも書くことができるようになれば、きっと」
過去に学び、現在の記録を残し、それを繋げていけば。いつか想像もできなかった未来に繋がるはず。
「できるわけないじゃない! 平民も全員学院に入れるつもり?」
「……そうよ! そうだわ、すごいわ、ルシーズ様! みんな学校で学んでもらえばいいんだわ。場所はまずは、教会とか、寄合所とか、どこだっていい。みんなが読み書きできて、計算できるようになれば、きっとすっごいことになるわ ああ! 早速お父様とお母様に相談しないと。私、とってもわくわくしてきたわ。ルシーズ様はすごいです!」
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魔女の記録。
魔女とは魔王の力によって魔物化し、強大な魔力を得た人間のことである。便宜上魔女と呼ぶが、男でも女でも成りえることがあり、老人でも赤子でも分け隔てなく魔女となる。
変質後の姿は例外なく女性型であり、その力はひとつの国を容易に滅ぼす。人格は破壊されており人間だったころの記憶はない。
その姿はおぞましく、悲しく、とても美しい。
魔王の美しい伴侶もしくは娘。それが魔女である。
勇者ユースティティアの手記より。




