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01 【6歳】夢/魔女と騎士


 炎が躍っている。

 闇で塗り固められた場所を炎が楽しそうに踊っている。ゆらゆらと揺らめいて、赤く蒼くオレンジ色に、色とりどりに輝いて。

 赤髪の魔女が炎と手を取りダンスしている。豊かな髪を大きく揺らし、赤いドレスに炎を映し、青い瞳を光らせて。春の喜びを表すかのように楽しそうに踊っていた。

 ――静かだった。ひとつの音もなかった。

 闇が動いた。人ひとりほどの闇が炎をかき分けて進んでいく。

 銀の光が煌めいて、魔女が真っ二つに裂けた。

 闇は黒衣の騎士だった。剣を携えた騎士だった。

 騎士に倒された魔女は、真っ二つになっても笑っていた。


 魔女だから。


(倒されても、悲しくても、笑うんだ)



##



 アストレア・レーヴェは奇妙な浮遊感に包まれて目を覚ました。

 空から落っことされたような、突然別の世界に飛んだかのような、深い夢から覚めたときの特有の感覚だ。

 どちらが夢でどちらが現実か、それともどちらも夢なのか、こちらにいるがあっちこそ現実なのではないかという混乱を経て、アストレアは瞼を閉じた。

 だいじょうぶ。ここが現実だ。

 瞼を少し開ける。見慣れた寝室で、白いシーツにくるまれて、カーテンに透ける朝の光をぼんやりと眺める。いつもの朝。

 それにしても嫌な夢だった。


「――あれ?」

 嫌な夢だとは覚えているのに、何の夢だったか覚えていない。

 夢なんてそんなものだ。嫌な夢なら覚えていないほうがいい。

 アストレアは安心して一息つき、メイドが起こしに来る前だというのにベッドから身体を起こした。

 手が自然と瞼をこすろうと顔に近づいてきて、その手の小ささに驚いた。

 私は十六歳のはずだ。

 だというのに、その手はあまりにも小さすぎた。小さくて、柔らかそうで、まるでそのまま子どもの手だった。

 手首を見る。腕を見る。シーツをめくって身体を、足を見る。


 なんてことだ。

 ベッドから飛び降り、鏡台の椅子によじ登る。鏡にかかった布をつかみ、一度ゆっくりと深呼吸をして、深呼吸をして、深呼吸をして、不安に震える心臓を落ち着け、布を外す。

 鏡に映っていたのは、六歳ほどの幼子だった。

 ゆるやかなウェーブを描く赤い長髪に、少しつりあがった青い瞳。陶器のような白い肌。

 世界の終わりを前にしたかのような強張った表情で、幼子はアストレアを見つめていた。

「私は、十六歳のはず、なのに……」

 十六歳で、それで、それで……?


 十六歳で、それで?


 鏡の中の幼子が問いかけてくる。

 十六歳と主張する私はどんな人間だったか。どんな経験をしたか。何を得ていたはずなのか。何を失ってしまったのか。いま、どんな絶望を覚えるべきなのか。それとも喜ぶべきなのか。

 何もわからない。

 自分が十六歳だと言えるのに、十六歳だった時の記憶が何一つない。あるのはこの身体が持つ記憶だけだ。部屋の様子。家の様子。家族の顔。

 こんな状態で「私は十六歳です」と主張したところで大人たちに微笑ましく見守られるだけだ。絶対にまともに相手になんてしてもらえない。

 そもそもなぜ自分がそんな確信を持てているのかすらわからないのに。


「うん、うん……」

 言い聞かせるように何度もうなづく。

 ――落ち着け。落ち着け。

 どうするかなんて決まっている。このまま生きていくしかない。子どもの身体に十六歳の意識を持って。

 何とも言えない違和感と、よくわからない焦燥感に駆られながら、生きていくしかないのだ。

 ぽろぽろと、雫が夜着に落ちる。何故だか涙がこぼれていた。




 小さくドアをたたく音が、部屋の向こうから響く。

 振り返ると、こちらの返事も待たずにドアがゆっくりと小さく開いた。金色の髪の小さな子どもが、夜着姿のまま入ってくる。

「おねえさま」

 大きな青い瞳できょろきょろと部屋の中を見回し、アストレアを呼ぶ。

「エリス」

 ぐっと涙を拭いてから、鏡台の椅子から降りてエリスのもとへ歩み寄った。

「どうしたの?」

「こわい夢を見てしまったの。いっしょに寝てもいいですか?」

 ひとつ年下の妹が、少しうるんだ瞳で見上げてくる。

「もちろん」

 エリスを先にベッドに上がらせ、アストレアも隣に寝転んだ。シーツを肩までかけ、身体をくっつける。

 あたたかな体温を心地いいと感じた。エリスもそう感じたのか、あっという間に寝息になる。

 肌の感触と花の香りが、すぐそばにある小さな命が、いまここに、この場所に、生きているのだと教えてくれた。


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