9 街道旅1
なんて僕は運が悪いんだ!
どうして、たまたま入り込んだ家が、盗賊たちの隠れ家なんだ!
しかも、なんでこのタイミングで、盗賊たちが帰ってくるんだ!
そして、なんでこの人が、僕らの前に現れるんだ……
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王都を抜けてからは、二人で兄妹のフリをした。
親を亡くし親戚の家に身を寄せるため二人で旅をする兄妹、という設定だ。
親戚の家が商売をやっていて、雇ってもらえることになったんです、というと、みんな、頑張れよと言ってくれる。
時々、通りかかった幌馬車に乗せてもらい、世間話をしながら先を急ぐ。
目的地はあった。
僕の兄さんが治める領土だ。そこならお祖父様もいるから、もしかすると匿ってもらえるかもしれない。逆に、すぐ連れ戻されるかもしれないけど、それは賭けだと思っていた。僕は、匿ってくれる方に賭けていた。
ただ、距離がある。
馬車で行っても5日かかる。歩いて行ったら1週間くらいかかるのかな。
王都の近郊にある街道沿いの宿場町で、貴族服を売り払い、お金に変えた。
そのお金で宿に泊まった。なるべく安くてボロい宿にした。
あんまりお金を持ってきてなかった。
なるべく多くの人と話をするようにした。そうして仲良くなると、おやつを貰えたり、お昼を一緒に食べられたりするから。ニーナが可愛いから、それは結構成功した。
僕らは意外に生活力があると、二人で笑い合っていた。
でも、二つ目の宿場町から出ると次の宿場町までの距離が結構あって、道の途中で薄暗くなってきてしまった。
街道を行く人も少ないし馬車も通らない。
もう今日は野宿するしかないかと思っていた。
ニーナは野宿の経験はあるらしい。僕も野外生活は一通り仕込まれている。
ただ、今日は雲行きが怪しかった。夜には雨になるかもしれない。
先が長いから、濡れずに眠りたい。
僕らは、朽ち果てそうな家を見つけた。
今夜はここで寝ようと入り込む。
ところが、その家は、外見とは裏腹に中には人が生活している気配があった。
火を起こした後がある。あの痕跡は1日以内だ。
まずい、早く出なきゃ。と思いつつ、見回すと、食糧が置いてあった。
ニーナのお腹がグーっと鳴った。そう言えば、夜ご飯にありついていない。
「ちょっとだけ、もらっちゃおうか、余ってるかもしれないし」
ニーナと頷き合い、食糧を漁ると、パンやチーズ、ハムにありつけた。
「持って逃げちゃおう」
と振り向いた僕は、固まった。
「あれぇ。アレク。世界がグルグルしているよ……」
ニーナが真っ赤な顔でフラフラしていた。
「え? ニーナ、どうした?」
見ると、ワインの瓶が転がり、溢れている。
「……ニーナ、何飲んだの?」
「じゅーす……」
「違うよ、これ、ワインだよ!」
「えー、えへへ、わいん? そっかぁ」
だ、だめだ、酔ってる!
ニーナ、間違えてワイン飲んじゃったんだ!
そのままニーナは倒れ込むように眠ってしまった。
ピンチ!
僕は、食べ物を脇において、ニーナを抱き抱える。
ここから早く離れたほうがいい。
建物から出ようとして、人の気配に気がついた。
やばい。誰か来る。
僕は、あたりを見回し、玄関以外の出口を探す。だめだ、窓からしか逃げられない。
そんなことをしたら見つかってしまう。
壊れかけのドアを通って、隣の部屋に駆け込む。ベットがある。ベットの下に隙間がある。人が入れる。
ニーナを抱きかかえて、ベットの下に入り込んだ。
息を潜める。ニーナが、いびきをかきませんように!
ガタガタと音がしてたぶん玄関が開いた。
男の声が聞こえる。
僕は耳を澄ます。
たぶん、4人いる。男ばかりだ。大人で、おじさん?
喋り口調は荒い、ろくなやつじゃないかもしれない。
ガハハと笑い合う声が聞こえる。
……何かを奪ってきたと、言った。
そう、僕はこの家に入った時から、うすうす勘付いていた。
雑なものの置き方。玄関脇に最小限にまとめられた荷物。縄。こんな朽ち果てそうな建物なのに、手慣れた火の始末。必要最小限にまとまった生活感。新鮮な食糧。
こういう奴らには、身近に覚えがある。
入った瞬間、もしやと思ったのだから、すぐに出るべきだった。
食糧を探している場合じゃなかった。時間帯を考えると迂闊だった。
後悔しても始まらないけど。
男の一人が歩いてこちらの部屋に近づいてきた。
緊張で身を硬くする。
壊れかけのドアの隙間から見えた男は、僕が思っていた通りだった。
男はこちらを見ずに、また戻って行った。
やっぱり、ここは、盗賊の隠れ家だ!
一時的に身を寄せているんだろう。
ああ、僕はほんとに運が悪い!
ニーナが酔って眠ってしまわなければ、竜巻で、難なく逃げられただろう。
でも、戦えるのは、今、僕だけだ。
あいつらは、たぶん剣を持っている。僕はナイフしかない。
ナイフと剣でどう戦う? この場合、どうするんだったっけ?
訓練でやったシミュレーションが頭をめぐる。
そうか、相手から剣を奪えばいいんだ。
奴らは四人しかいない。
そして、こんなところを寝床にするってことは、雑魚だ。
大丈夫、僕にだって、いけるはずだ。
盗賊達の会話に耳を集中する。
ハムやチーズの話になっている。僕がさっき置いたやつだ。
僕らが入り込んだことに気づかれただろうか。
僕はナイフを手にする。
もしも、この部屋に奴らがきて、僕らに気付いたら、やる。
ニーナはよく眠っている。
ニーナを人質にとられたらおしまいだから、そうなる前にやる。
僕は覚悟を決めた。
その時、玄関の方でガタガタと音がした。
誰か入ってくる。
これ以上、敵が増えるというのか。僕は耳を澄ます。
「おーい、誰かいますかー。うちの弟と妹が、ここにいるって聞いたんだけどぉ」
……僕がよく知っている人の声だった。
こ、こ、これって、ピンチが増してないか?
「なんだ、テメェ」
大きな声がする。
「ああ、俺か、通りすがりのものだけど、ちょっと、人を探してて」
「はあ? こんなところにいるわけないじゃねえか、ふざけるな! やっちまえ!」
ドカドカと物音がする。たぶん戦っている、「うわっ」とか「ぎゃっ」とか声が聞こえる。
そうだ、今のうちに逃げてしまおう。
僕は、ニーナを抱え、そおぉっと、ベットがら出ようとして、顔を上げた。
「よう、久しぶり、アレクシス」
「うわぁっ」
ニーナを抱えたまま、尻餅をつく。
「なんだよ、人をバケモノみたいに」
その人は、ニヤニヤと僕を見下ろしていた。
「……お久しぶりです、マルクス」
僕は、血の気がひいていた。