6 逃亡劇6
「いいですか、アレク、霊峰ブルビエガレは、一度入ったら、頂上に辿り着かないと出られない。魔物が棲んでいる。恐ろしいところなんです。しかも、地図がない。何より恐ろしいのは、他の国王候補と協力してはいけないということなんです。自分一人の力で頂上まで行かなければいけない」
「えええっ! ニーナに、ひとっ飛びで連れて行ってもらうことができないってこと?」
「そうです。もう一つ。魔力のあるものには、救いがあります。頂上は強い魔力を発信していて、そちらへ向かえば必ず辿り着ける。また、山中の所々にスポットがあり、近道ができるんです。うまく行くと、山に入ってすぐゴールできる。スポットさえ見つかればいいんです。だから、飛べないルノーはスポットに意識を集中して進めば、それほど苦労はしないのかもしれない」
そこで、アンリは、言葉を切り、僕を見つめた。なんとなく嫌な予感がする。
「ただ、アレク、君には最大の問題があります。スポットは魔力によって感知するしかなんです。魔力のない君が帰るためには、標高3000メートル級の山を、地図も、仲間も無く、ひたすら登り、魔物を避けて頂上へ辿り着くしかないのです」
「ちょっ、ちょっと待って。それってとんでもなく過酷じゃない? 下手したらもう帰ってこれないんじゃないの?」
アンリと、ルノーはお互いの顔を見合わせて、僕を同情するように見る。
「それは、あんまりだよね、国王も父さんも、霊峰の恐ろしさをわかってるんでしょ?」
僕は、心の底から震えがきた。なんであの二人はそんなことをさせようとするのか。
「僕は、君が去年半年間、軍隊の訓練のようなことを受けさせられてて、酷い罰を受けているんだなと思っていたんですけど、そうじゃなかったんですね。多分、お祖父様も君のお父様も、こうなることを予測して、君が霊峰ブルビエガレで生き延びられるように君を鍛えていたんですね」
「そんなぁ。僕が何をしたって言うんだよ、こんなの、みすみす死にに行くようなもんじゃないか」
「いや、君は大丈夫なんだと思います。神が君を選んだのなら」
「……アンリ、全然、慰めになってないよ」
僕は、話の内容がショックすぎて、呆然としてしまった。
「アレク、大丈夫? 兄上、アレクが参加しなくてもよくなる方法はないんですか? アレクがあんまり可哀想だよ」
「分からない。ただ、お告げに逆らうと、この国に厄災が降りかかるかもしれない」
「そんなぁ。それじゃ、……僕はどうしても参加しなくてはいけなくて、国王になんてこれっぽっちもなりたくないのに、その過酷な状態を一人で克服しなければいけなくて、しかもその執行が1ヶ月後ってこと……?」
確かに僕は、訓練で山登りも何回かやらされて、山の中で生き抜く術を叩き込まれていた。
でも、山登りはいつも辛くて辛くて、ほとほと嫌だったのに。
泣きたくなってきた。
「ごめん、アンリ、ルノー、僕、今日はもう、帰るよ。いろいろ教えてくれて、ありがとう」
僕は、棒読みのように言葉つなげて、二人に告げた。
そしてぼんやりとしながら、王宮を出た。
門番の二人が声をかけてくれたかも知れないけれど、返事さえできなかった。
王宮の対岸の川沿いをフラフラと歩く。
川辺でカップルが楽しげに話していたり、子供たちが走り回っていたりするのをぼんやりと見て、僕も川縁に座る場所を見つけて、腰を下ろした。
川の水は棲んでいて、キラキラと日の光を反射する。
父さんはどう思っていたんだろう。
先ほどのアンリの言葉が引っかかっていた。
僕のことを心配していたんだろうとは思う。
でもうちは公爵家だから、国王が命じたら息子を差し出さなければならないのだろう。過酷な条件が待っているとしても。だって、国王候補は名誉なことだろうから。
でも魔力があることが前提の仕組みに、何も持たない僕を送り込むのは、まるで、小さな子を水の中に落とすみたいだ。泳げれば生き延びれるけれど、泳ぎ方を知らなければ……。
まるで生贄みたいだ。神のお告げなんて。
例えばニーナが魔力がないのに、そんなことに選ばれたとしたら、僕も父さんと同じようにしたのだろうか。
そう、とても心配で心配で、僕だったら、ニーナと一緒に山に入っただろう。
もしも自分の子なら……その子が生き延びられるように、力を得られるように育てるのかも知れない。
確かに、一年前の僕なら、きっと霊峰に入った途端に死んでた。
だって、一年前の僕は、盗賊を止めに行って、すぐに盗賊に捕まったのだから。
今の僕は、山の登り方も、山で生きる術も身につけている。
そうさ、たぶん父さんは、そして国王も、僕のためをと考えてくれていたんだろう。
お告げがあった時から。
川の流れは速く、水面は煌めいている。
石を一つ拾って、川に落とす。
ぽちゃんと音を立てて、水が跳ね、沈んだ。
もう一つ投げる。放物線を描くそれは、素直にぽちゃんと、水に沈んだ。
僕は、平たい石を見つけ、立ち上がった。
石を川面に向けて、横投げにする。
石は、川面で3回跳ねてから水に滑り込んだ。
こんな投げ方、一年前の僕にはできなかった。海賊たちが、僕に教えた。
もう一つ、平たい石を拾ってきて、投げる。今度は5回、川面を跳ねた。
僕は、丸くて重そうな石を選ぶ。
祈りを込めて、思い切り横投げにする。
2回しか跳ねなかった。肩に力が入りすぎた。
ふうと息を吐き、もう一度、丸くて重そうな石を拾う。
いける気がした。
そいつは4回跳ねた。
冗談じゃねえやっ!
怒りが、ふつふつと体の奥から湧いてきた。
だれが、オメオメとそんな運命受け入れてやるもんか!
厄災?
知ったことじゃない!
まだ、起きるかどうか、わからないじゃないか!
そんな不確定な未来のために、なんで僕が過酷なことさせられなきゃいけないんだ。
望んでもない人間が、望まれてもいないのに、神の信託だけで王になって、それで国がうまく行くなんて考えるのが、ちゃんちゃらおかしいやって思う。
大人たちは、そんなこともわからないのか。
僕は贖ってやる。
逃げてやる。
……でも、それを決める前に、どうしてもやらなきゃいけないことがある。
僕は、適当に、目についた石を拾う。
構えて、投げる。7回跳ねた。
ニーナと話し合わなければいけない。僕は、ずっとニーナのそばにいると約束しているから。
ニーナだけは裏切れない。