5 逃亡劇5
「えーと、アレク、君は国王選定儀式って何をするか、知ってるんですよね?」
アンリは僕の顔を覗き込む。
「うん、父さんに聞いた。山に登って剣を引き抜いた人が王様だって」
「……その説明は、簡単すぎますね」
呆れた顔で、アンリは僕から遠ざかって、ソファの背にもたれかかった。
「詳しくはアンリやルノーが知ってるって言ってた。父さんも詳しくは知らないんじゃないかな」
「そうですね、これは王族の中でも限られたもののみが参加する、しかも、この国の未来を左右する行事ですから……トップシークレットです」
「ああ、そうなんだ、だからさ、僕、知らなくていいから。関わるつもりはないから。早めに外して欲しい」
これは足を踏み入れてはいけない領域だと、僕の中の警告が鳴り始める。
「アレク、これは簡単な話ではないんです」
アンリが眉を潜める。
「お祖父様は、一年前に君が王だとお告げを受けた。それは、ごく限られた人間しかしか知らないけれど、君も聞知ってますよね?」
「ああ、ニーナが言っていた、『王となるものを弓で射た』ってやつ?あれって、夢の話でしょ?」
「お告げは夢であるんです」
「は? 夢なんかを信じるの?」
「……そこの説明は省きますね。君は、お告げで王になると言われた。それはわかりますか?」
「いや、まって、弓で射られたのは、僕だけじゃないかもしれないじゃないか。その頃、弓が刺さってでも運よく生き延びたのは、この国の中で、僕以外にも何十人もいると思う」
アンリは呆れた顔をした。やめてほしい、他人の夢なんかで僕の人生決められてたまるか。
アンリは、ため息をつくと、もう一度、気を取り直したように話始める。
「とにかく、君はお告げによって、国王候補として選ばれたんです。魔力がなくても、君は参加せざるを得ないんです。他の人に代わってもらうわけにはいきません」
「どーして、アンリまで、そんなことを言うだよ!」
僕はショックで、ちょっと涙目になってアンリを見た。アンリは僕の味方だと信じていた。
「アレクは、参加したくないの?」
ルノーが不思議そうに言う。
「そりゃそうだろ? 僕なんてお門違いさ。国王は最も魔力が強いものがなる。僕には魔力はない!」
「だから、イレギュラーなんですよ、今回は。開催決定も急だし、何かあるのかもしれない、それが不安なんです」
アンリが、真面目な顔をする。
僕は肩を落とした。
「なんだよ、アンリがどうしても行けって言うなら、まあ、一緒に行ってやってもいいよ、あのじーさんの顔を立てなきゃいけないんだろ? 行くには行くけど、僕はアンリ達の側にいて、黙ってみんなのしていることを見ているだけだからな」
また、アンリとルノーが、驚いた顔で固まる。
今度はなんなんですか?
「もしかしてアレク、知らないんですか?」
「もしかしなくても、何にも知らないよっ」
「霊峰ブルビエガレは、一度入ったら、頂上に辿り着かない限り出ることはできません」
「は?」
「霊峰に入ったけれど道に迷って、今でも彷徨っている王族がいると言われている恐ろしい山なんです。そして、剣を守っている魔物もたくさんいると言われているます」
「へ?」
「だから、国王選定儀式に参加するのは命がけなのです。黙って見ていられるものではない」
「……」
「アレク?」
「……アンリ、僕、もう、そういうのいいから。ま、お二人とも頑張って! 無事を祈ってるよ」
僕は笑顔で手を振って、部屋を出て行こうと立ち上がった。
「アレク!」
襟首を掴まれ、強引にソファに座らされる。
どうして、みんな、僕の扱いはこうなるんだ!
文句を言おうとして、見上げると、アンリの険しい顔があった。
「僕は君が大切な友人だと思うから、しっかりと話をしているんです、最後までちゃんと聞きなさい」
「はい」
……アンリ、怖いよ。誰かさんみたい。