2 逃亡劇2
父さんの部屋へ呼ばれた。
このところ落ち着いた生活をしていたから、叱られる心当たりのない僕は、何か珍しいお菓子でも食べさせてくれるのかなくらいの軽い気持ちで、部屋をノックした。
でも、それは、そんな気軽に開けてはいけない扉だった。
「アレク、君も、国王選定儀式に参加することになった」
と父さんが僕に告げたのだ。寝耳に水とはこのことだ。
「はあぁぁ? 僕は、魔力はないんですけど!」
「そんな顔はやめなさい。品がない。魔力があろうとなかろうと、これは国王様が決めたことだ」
「ちょっと、まって、国王選定儀式って、もっと先の話じゃなかったの?」
「いや、いつとは決まっていない。お告げがあるんだ。十年に一度のこともあれば、三十年以上も無かったこともある。」
「なんで急に決まったの?」
「お告げとは、そう言うものだろう」
「嘘だろ?」
「こら、アレク、君は口の利き方に気を付けなさい。なぜ私が君に嘘をつくんだ? 今年は、お告げがあった。しかも、急なことで、1ヶ月後だと決まったんだよ、それに君は参加する必要がある」
「1ヶ月後かよ……ったく……それで、選定儀式って何するんだよ、い、いや…ですか?」
父さんに睨まれると怖いんですけど。言葉遣いには気をつけます。
「王家の直轄領であり、この国最高峰の頂上に『王の剣』がある。この剣を得たものが新しい国王として選定されると言われている。具体的には、霊峰を登り切り、王以外には抜けないと言われている剣を、地面から引き引き抜けた者が国王に選ばれるそうだ」
「……へえ、それはそれは面白そうですね、じゃ、皆さん、頑張って!」
そのまま席を立って笑顔で手を振って、部屋を出て行こうとして、父さんに襟首を掴まれて、強引にまた座らされた。
「何するんだ!」
僕は父さんを睨む。
「まだ、話は終わってない。最後までちゃんと聞きなさい」
怖い顔で睨み返されて、まさか父さん本気で僕を国王選定儀式に行かせる気かと、ちょっと怯む。そして、父さんを怒らせると、後々酷い目にあうのは、身に染みているから、すごすごと引き下がるしかない。
「はい、ごめんなさい」
僕が、大人しく首をすくめていると、父さんはふっと笑った。
「私も、君に白羽の矢が立つとは思ってなかった。確かに君には魔力がないからね。魔力の一番強いものが国王になるのがこの国の決まり事だったからね」
「うん、そうだよね、そう聞いてました」
国王様ご自身が言っていた言葉だ。
「ニーナは今回の国王選定儀式に参加するんですよね? ああ、そうか、僕は、その護衛ってこと?」
そう、ニーナは魔女だ。それもこの国最強と思われるほど強力な魔力をもつ。
国王候補として、王宮で教育も受けている。いずれ国王選定の儀式に参加するということは前々から決まっていた。もっと先だと思ってたけど。
「いいや、君は候補者だよ、アレク」
「父さん、いい加減にしてよね、大前提が間違っていませんかって、僕は言ってるんだよ。僕には魔力がない。だから国王にはなれない、なので、選定行事に出る意味がない。ね? 父さん、僕は何か間違ってる?」
「そうだね、残念ながら、君は間違っている」
父さんは、眉をあげた。
「意味があるかないかは問題じゃないんだ。国王の命令なんだ、だから、君は参加しなければならない」
「……」
「不満そうだね」
「あのクソジジイに、文句を言いに行けばいいわけ?」
「君は、国王様にそんな口の聞き方をして、私が許すと思っているのかい?」
「……」
「いいね、覚悟を決めておきなさい。君は、この命令に逆らえない」
僕は、ふんと鼻で笑うことにした。
「そうか、参加すればいいんだね、わかった、考えておくよ。別に参加したからって、国王になるわけじゃないもんね、行くだけ行って、みんなに混じって時間を過ごして、帰って来ればいいんだよね?」
「まあ、……そういうことだね」
父さんが何か考えるように頷く。
「わかった。話はそれだけ? なら、考える時間をください」
僕はそう言って、席をたつ。
「アンリ様やルノー様に詳しく聞くといい。お二人も参加するし、儀式の詳細をご存知のはずだ」
「はいはい」
僕は部屋を出ながら、ぞんざいに返事をしておいた。
もう、父さんに気を遣う気はなくなっていた。