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8話 旅、開始

 バスローブを羽織って自室の道をたどる。外は完全に陽が落ちて真っ暗だ。

 奴等はどこかのダンジョンに潜って残る二つのスフィアを探しているのだろう。


 溜息をついて三階まで上がる。空白の十年で彼らはさらに腕を上げているはずだ。ゼルのサポートがあるといっても果たして俺一人で勝てるものだろうか。


「差しでなら負ける気はしないんだけどな……」

 自室のドアの隙間から明かりが漏れていた。カリーナがベッドメイキングしてくれているのかと思ったが、作業音が一切しない。


 ただの消し忘れかどうかは開けてみれば分かることだ。冷たい真鍮のドアノブを捻った。

 天涯付きのベッドの上にはゼルグリアが腰かけていた。


 遠い昔に数回だけ目にしたことのある、姉のワンピースを着ている。薄桜色のそれは滑らかな黒髪によく似合っていた。


「何でここにいるんだ?」

「ユーリィと一緒じゃないと寝られないと言ってな。そしたらここに案内してくれた」

 手にしていた本を閉じてベッドに寝転がる。


「どうして? お化けが怖いのか?」

「馬鹿な事を言うな。今後の相談だ」

「今後の相談……ね」


 タンスの中に今の俺の体に合う服があるか探ってみる。何とも驚くべき事に全ての衣類が俺に逢うように大きくなっている。


 当時お気に入りだった服もそのまま大きくなっていた。まさかいつ俺が帰ってきてもいいように魔法で大きくしてくれていたのか。

 そう思うと少し目頭が熱くなった。


 じわりと浮いた涙をバスローブの袖で拭いて締め付けの緩い服を選んで身につける。


「さて着替え終わったところで早速だが本題に入るぞ」

「ああ……ただ眠いから手短に頼むよ」


「お前の復讐相手は五人。人間のディアラとエルフのリンファ、獣人のパルメにドワーフのバルデン、それから竜人のリーザス。間違いないな?」

「ああ、探すのならギルドが一番だ。パーティ名を言えばどこにいるか教えてくれる」


「なるほど、便利な世になったな」

「そこらに蔓延る魔物の処理に追い付かなくなった王国が民間に頼るしかなくなったのさ」


「よし、ならば明日はギルドとやらに行こう。どこが一番近い?」

「ここから南に歩いてすぐ、ヘリトンの町がある。そこで訊こう」


「で、次は私の番だ。あと四つの魂を回収したら肉体が再構成されて本来の私の時間が流れ始める。そうしたら、ユーリィと世界を滅ぼす」

 ゼルグリアが不気味に口の端を曲げる。鋭い犬歯の見え隠れする横顔は何とも恐ろしい。

 幼い少女──といっても見た目だけだ──が出せる迫力ではない。


「その話何だけどさ……取り止めてくれないか?」

「は?」


「さっき両親とカリーナに会って……」

「身内がいるから世界は壊したくないと」


「そういう……事だ」

「ハッ、都合のいい奴だ。自分の願いだけを叶えるために私を使うとは……求婚してきた奴等と何ら変わりないな」

 彼女の嘲るような視線が痛い。身勝手な頼みではあるが、何とか聞いてもらわねばならない。


「俺の復讐とお前の魂集めが終わるまでに、ゼルがこの世界で暮らしたいと思えるようにする」

「なに?」


「やること終わったら家で暮らせばいい。金も土地も何でもある」

「面白い、出来るものならやってみろ」

 くつくつと笑うと、ゼルは掛け布団を頭から被ってしまった。


「明かりを消してくれ……」

 スイッチに触れて天井の明かりを消す。月明かりだけがバルコニーから射し込んでくる。


 鏡の前に立って寝る前の練習をする。本に書いてあった事を思い出しながら変身魔法を発動させた。

 カリーナに見られた時と同じ、その辺にいそうな青年に変身できた。他にも姿を変えられるのだろうが、今野俺にはこれが精一杯だ。


 ベッドに入ろうと振り返ると、ゼルがど真ん中を占領していた。たった数十秒で眠りについたらしく、少女らしい可愛い寝顔をしている。


「はぁ……」

 読書用のソファに横たわる。足がはみ出してしまうが、体を丸めればどうにか納まる。

 目を閉じると、流れるように深い眠りへと落ちていった。



※※※



「……うぐ……」

 強烈な陽射しが顔に直撃する。あまりの眩しさに寝返りをうつ。しかしソファで寝ていたせいでドサッと床に堕ちてしまった。


 痛みで目が覚めた俺は両腕を天井の方へ伸ばす。背中や腰がパキパキと小気味良い音をたてた。

 ベッドで寝なかったから肩や腰などが痛いが、それ以外は概ね良好だ。


 ゼルはベッドの上では小さく丸まって寝息をたてている。起こすのも可哀想だったからそっと部屋を出た。

 食堂に向かう途中、既に身支度を完璧に整えた兄と遭遇した。


 茶髪をオールバックにして、ワイシャツの上に黒いベストを身に付けていた。相変わらずカチカチの格好だ。

 彼の所属する研究所の他の職員はもっとラフな格好をしているというのに。


「お前……ユーリィか?」

「よう兄貴、久しぶりだな」

 我が親愛なる兄、ダルクスはまるで幽霊でも見たような表情をしている。


「俺の顔になんかついてるか?」

「いや……十五年ぶりだというのに、あまり年を取っていなくて驚いただけだ」

「そういう体質なのかもな」

 実は十年間すっ飛ばしてます、などと言えずに曖昧に笑って誤魔化す。俺と出会った衝撃がまだ落ち着いていない彼はそれもそうか、と呟いていた。

 本来ならば確実にバレるであろう嘘が通用するとは思った以上に動揺しているようだ。


「兄貴の方はどうなんだ? 仕事は順調か?」

「まあな……近々、魔導兵器の実験があるんだ。今日から泊まり込みで調整さ」


「魔導兵器って何だ?」

「北の帝国の蒸気機関という物と魔法を組み合わせて作る兵器だ。魔石を内蔵させる事で低コストかつ強力なものになるそうだ」


「って事は帝国は戦争をおっぱじめるつもりか?」

「どうだろうな。一応は未開のダンジョンの探索に出すと言っていたか、いずれは戦争に投入されるだろう」


 ここ数百年起きていなかった南北戦争が始まるというのか。前回の戦争は五年ほど続き、双方合わせて三百万人という死者を出した歴代最悪のものとなった。

 南の兵士が帝国の王を討ち取った事で終結したそうだ。


 次の帝国の王は十三歳という若さのルーク六世が就任した。ルーク六世は非常に賢い少年で南大陸との関係はどんどん回復していった。以来、彼らは攻めてこないわけだが。

 ルーク六世から皇帝が変わってかなり時間が経った。現皇帝が戦争好きでなければいいのだが。


「そんな心配するな。戦争なんてそうそう起こるもんじゃないから」

「ま、そうだな。いつ来るか分からないものに怯えるより目の前の課題に集中しなきゃな」

 その後も兄と近況報告をしながら朝食をとった。未だに降りてくる気配の無いゼルのためにトーストとコーヒーを持って部屋に戻る。


 まだ爆睡しているゼルグリア。昇った太陽が眩しいのか、さっきとは別の方向を向いている。

 ふと、彼女の頬が目に入った。雪のように白く、餅のように柔らかそうな頬だ。


 好奇心に負け、指先で優しくつつく。心地よい反発とすべすべの肌は今まで触れてきた何にものにも勝る。

 しばらく弄っていると彼女が目を覚ました。不機嫌そうな顔で俺の事を睨んでいる。


「お前か……さっきから頬を弄くり回しているのは……」

「ああ俺だ。中々起きないから触らせてもらった。朝飯あるから、顔洗って食っちまえ」

「すまない……朝は弱いんだ」


 大口開けて欠伸をした。なおも眠そうによろよろと顔を洗いに隣の洗面所に歩いていった。

 ゼルが準備を終えるまで暇になった俺は旅の支度を始めた。服や隠していた金をカバンに詰める。


 それが終わってもゼルは戻ってこなかった。仕方なく、昨日まで目を背けてきた、壁に立て掛けた愛剣を取った。


 鞘から抜くと、ボロボロになった刀身が姿を現す。軽く触れてみてもまともに切れるとは思えない。

 それなのに、四つ足の化け物を相手にした時はまるでスライムでも切るかのようにまったく抵抗が無かった。


 この剣は初めて潜ったダンジョンで拾ったものだ。最深部の財宝の中に紛れていた唯一の武器。


 散らばっていた宝石や装飾品に劣るパッとしない外見だったが、柄を握ると今まで感じた事のないほど手に馴染んだ。

 以来、俺はどの冒険にもこの剣を持っていってる。欠けたり折れたりしないように丁寧に扱い続けていたが、もうまともに戦う事はできないだろう。


「新しい剣……買うか」

 その前に研げるかどうかを尋ねてみなくては。研げるのならばいくら出しても構わない。


「そんなボロボロの剣を見つめてどうした?」

「あぁ……直せるかなって思ったんだ」

「よっぽど腕の立つ鍛治師じゃないと厳しいだろうな。その辺の町にいるような有象無象じゃまず無理だ」


「やっぱりか……」

「いずれは使えなくなる運命だったのに、よくここまで使い込んだものだ。剣の方も感謝しているだろうさ」

 カチャリとカップをプレートの上に置いた。


「あれ!? もう食ったのか!?」

「ユーリィが何やら考えている間に終わったぞ」

「そうか……じゃあ出発しますかね」

 念のために欠けた剣をベルトに装着して部屋から出る。


「あらぼっちゃま、おはようございます」

「おはようカリーナ。悪いけどこれ片付けておいてくれるかい?」

 皿とカップの乗ったプレートを渡す。


「構いませんが……もう行くんですか?」

「ああ、父さんと母さんには上手いこと言っておいてくれ」

「わかりました。ゼル様の荷物は玄関前に置いてあります」


「ありがとうカリーナ。またしばらく帰らないけど、その間二人を頼む」

「かしこまりました。お二人ともお気をつけて」

 カリーナに見送られながら、俺達はヘリトンの町を目指して実家を飛び出した。

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