5話 封じられた少女
ゼルグリアは俺が通った道を戻っているようだが、あの魔法陣はもう機能しないはずだ。
「どこまで行くんだ?」
「もうすぐだ」
例の魔法陣の前でゼルが立ち止まった。彼女の足下には役目を終えた陣が寂しげに描きこまれている。
「ここを通って来たんだろ?」
「ああ、でも機能しないんじゃないか?」
「そうだな。でも魔力を注いで復活させることはできる」
ゼルはしゃがんで魔法陣に触れた。直後、俺は体から力が抜けるのを感じた。
とんでもない勢いで魔力が吸われているのだ。遂には立っていられなくなり、壁に背をつけて座り込む。
それでも容赦なく魔力はとられ続ける。
チカチカと魔法陣が輝き始めた。その光はどんどん強くなっていく。俺の保有する魔力が限界に近づく頃、魔法陣は完全に復活した。
「なんとか……うまくいったな」
「魔法陣の復活なんて……無茶しやがって……死ぬかと思ったぞ……」
瞬間、あることを思いだし、魔法陣へ軽やかに跳んだゼルの腰を掴んで引き戻した。
「な、何をする!」
「ここに来る時、魔法陣の描いてあった部屋は崩れちまったんだ」
正式な着地点が無い転移魔法ほど危険なものはない。
肉体が四散して別々の場所に飛ばされたり、最悪、虚無という何もない空間へ飛ばされて死ぬこともなく延々と漂うことになる。
虚無へ飛ばされて生還したものは誰一人としていない。
「その心配ならいらないぞ。お前の家付近に座標を移したからな」
「俺の……実家?」
「ああ、記憶の奥底にあったデカい家だ」
「……そうか。行こうか」
「む? 家に帰るのは嫌か?」
「いや、そんな事は無いけどさ……」
二人並んで魔法陣に乗る。光に包まれながら、俺は過去の事を思い返した。
家出を決行した十四歳の時のことを。
魔法に突出した家に生まれた俺は日々、修行に追われていた。基本的な魔法の行使から、魔力の扱い方諸々。
兄と姉がいるが、二人とも優秀な魔導師となって様々な所で活躍している。
対して俺は剣士などの前衛で戦っている奴らの後ろからちまちま魔法を撃っているのは嫌だった。
男なら剣や斧を振り回して敵を倒してこそだと思っていた。
本格的に剣士の道を歩もうと父親に掛け合ってみたがあえなく撃沈。ムカついた俺は日課である修行をあの手この手でサボった。
最初のうちは食事抜きだったりお仕置きがあったが、次第にそんな事もなくなくなった。
俺は愛想をつかされたのだ。
おかげで親の目を気にせずに剣の修行に明け暮れることができる。毎日近所の森へ出て、木の棒片手にモンスター達の相手をしていた。
森中のモンスター達を楽に撃破できるようになった頃、俺は十四歳になっていた。
彼らとの戦いは実に六年に及んだ。
そして、家族全員が魔術品評会に出席して誰もいなくなった時に俺は家を飛び出した。
冒険者としての実力を積んで今に至る。裏切られ、復讐を誓い、よく分からない魂の一片と契約を交わした今にだ。
「見ろ、ユーリィ……なんと……美しいのか……」
懐かしの我が父の領地へ先に到達していたゼルグリアは、感極まって涙を流していた。
どれだけ長い間封印されていたか見当もつかないが相当に大変だったのだろう。
「どうして、ゼルは封印されてたんだ?」
「私は……生まれつき過剰な力を持っていた。歴史上のどの魔王すらも凌駕するレベルの力をな。それを私自身が使う事はできなかった。だが誰かに貸すことはできたんだ。さっきみたいにな」
涙を拭いつつ、話が進む。馬車すら走っていない街道に彼女の声はよく響いた。
「ある時、私はあり得ないくらい弱い魔物と出会った。ただ力の受け渡しへの耐性が凄まじくてな、有り余る力をいくら渡しても吸収し続けるんだ。私とそいつは世界征服を始めた」
「まてまて、話がいきなり壮大になったぞ?」
「すまん、だいぶ飛ばした。その頃の私は23歳で、色々と飽き飽きしてたんだ。各国の王子からの求婚にな。全員が力を求めて私を欲しがる。そんな時に出会ったのがさっき言った魔物だ」
「確かに力を配れるなら戦争とかにも勝ちやすくなるしな」
「当然、私達を倒せる奴がいるはずもなく破壊と殺戮を繰り返していた。魔神なんて呼ばれてね……あと少しで征服できるという時に、空が真っ二つに裂けたんだ。そこから創世神が姿を現した」
「……マジ?」
「本当だ。全身を純白に包んだ、非常に神々しい姿だったよ。度重なる力の譲渡で魔物は創世神と同等のサイズまで膨れ上がっていた。それでも私は魔物に最大限の力を渡した。ありったけの力で創世神に攻撃を魔物は仕掛けた……。私の記憶はそこまでだ」
「最後まで見届けてないのか?」
「残念ながらな。戦いが始まって奴らの一撃目の衝撃波で私は気絶した。気がついた時には、アイツは負け、敵もボロボロだった。魔物の体が塵になると創世神が大粒の涙を一滴だけ落としたんだ。それで奴も消えた。その涙は一瞬で成長し、あれになった」
ゼルグリアが指差す方角には世界樹があった。創世神を讃える宗教団体の本拠地でもある。
幹は小規模な町一つくらいに太く、雲を貫く程に高く聳え立っている。一度観光に行ったことがあるが、独特な雰囲気があってどうにも落ち着かなかった事を覚えている。
「それでどうなったんだ?」
「木が生えた後、裂けた空から創世神の手下がやって来て私の体から魂だけを抜き取った。それを五つに引き裂いて各地に隠したんだ。これが私が封印された原因だ」
「結構、壮絶な人生だったんだな」
「そうだな、お前には負けるけどな」
「お互い様だろ」
笑いながら丘を登りきると、懐かしいの我が家が見えた。帰るのは久しぶりだが、覚えていてくれるだろうか。
少しの期待と、多大なる不安を抱えながら、実家へと近づいていく。