44話 私怨
背中に大穴を空け、意気揚々と中へ飛び込んでいったゼルグリア。彼女もまたユーリィと似たような通路を歩いていた。
松明が掛けられているわけでもないのに通路は明るい。どこからか光が漏れている訳でもない。
そんな奇妙な場所にいるゼルだが、神の体内だし何が起きても不思議ではないと割りきって進んでいた。
彼女が目指すのは肉体の中心部。即ち心臓。
そこを破壊するのがゼルの役目だ。外にいるユーリィの事を少し心配しつつも自分の目的に向かって歩き続ける。
「やはり一筋縄ではいかないか……」
曲がり角の奥から人間サイズの石像が三体歩いてきた。どれも創造神と同じ姿形をしていて、剣を構えて襲いかかってきた。
数百年前の怨みを、ありったけの怨みを複製体である石像にぶつける。片手で練り上げた魔力の拳で顔面を突き破り、上段蹴りで残った二体の首をはねた。
「これくらいは余裕だな」
そう言った矢先、通路から新しい石像が現れた。それも大量に。
剣を頭上高くに掲げて見た目の割に俊敏に走り出した。さすがのゼルもこの量を一度に相手にできるわけもなく、全速力で交代する他なかった。
「お、多すぎる!」
時折振り返りながら魔法をめちゃくちゃに放つ。先頭の数体が崩れ落ちた。
その残骸に引っ掛かった後列が転び、転倒の連鎖が始まった。しかし倒れた仲間など意に介さず踏み抜いて追いかけてくる。
今やゼルはどこを走っているのかすら分からない状態だ。ただ闇雲に、行き止まりに当たらない事を祈りながら必死に走り回っていた。
しかしいろんな箇所の曲がり角から現れる石像に誘導されるように行き止まりに追い込まれてしまった。
狩りを楽しむモンスターのように進行速を変更し、ゆっくりと近づいてきた。
「まったく……質の悪い石像どもだ」
壁に背をつけて両手を広げる。手のひらに魔力が集まり、人の頭程度の球が二つできた。
「はッ!」
気合いの乗った声と共に放った魔力の塊は雪崩のように押し寄せる石像達の腹部を砕いた。
上半身を支える物が無くなり、ガシャガシャと耳障りな音をたてて崩壊していく。仲間の亡骸を踏む事になんの躊躇いもない石像はただただゼルを殺すために迫ってくる。
「仕方ない……あまり使いたくはなかったが、そんな事言ってる場合でもない」
最前列の石像を薙ぎ倒し少しの時間を作った。自分の親指を噛んで出血させる。その血を使って石像と自身の間に結界を張った。
よほど強力な一撃を与えなければ、しばらくは手出しできない。
流血する親指を床にそっとつける。不快な痛みが襲ってくるが我慢して円を描いた。中心に召喚用の術式を記し、その周りに契約の内容を書く。
「出でよ我が僕、冥界より来たりて敵を打ち砕け」
冷たい、感情の籠っていない口調で呟く。血液で描かれた魔法陣が妖しく輝きだした。それと同時にゼルの指先から多量の血が抜き取られる。
まだ乾いていない血の魔法陣から影が飛び出した。真っ黒い猫のような形をした靄で、顔らしき場所には黄色い瞳が二つくっついていた。
「行け、サンドリアス」
「承知した」
ゼルが指示した瞬間、結界を突き破って石像に飛びかかった。サンドリアスと呼ばれた影は音もなく石像に染み込んだ。
ぎこちなく剣を持った腕を上げ、隣にいた仲間目掛けて振り下ろした。
さらに後ろの石像も斬り倒すと、まるで人が入っているかのように滑らかな動きで敵をねじ伏せていく。
仲間割れを起こしている内にゼルは簡単に止血と消毒をして包帯を巻いた。
「やはり奴を喚んで正解だったな」
怪我をしていない方の手で魔法を撃ちながら加勢する。サンドリアスは乗り移っていた個体が脆くなるとすぐさま隣の石像に移り変わって攻撃を続けた。
あまりにも早く進むせいで石像の増援が遅れ始めた。好機と見たゼルは神経を魔力探知に集中させて力の塊を探しだした。
ここから直進して真上、そこに創造神の心臓にあたる部位がある。
天井に向けて魔法を放ち、崩落させる。瓦礫の山に乗ってどんどん上の層へと登り続ける。後ろからサンドリアスが動かしている石像もついてくる。
「ここか」
ゼルとサンドリアスは一段と広い層に飛び出した。彼女が察知したモノは中央にあった。
クリスタルの中にリンファが閉じ込められ、浮かんでいた。
「これが神の心臓か。たかがエルフの身で……なるほど、かなりの改造をしているな」
「心臓になるためだけに肉体の性能を弄ったのか。コイツを破壊すれば役目は終わりだな」
「頼むぞサンドリアス」
石像が内側から爆発して中からサンドリアスの本体が出てきた。するりとクリスタルに入り込むと石像同様に爆散しようと試みるがうまくいかない。
「どうした?」
「コイツを爆破するのは……無理そうだ。逆に目覚めさせてしまった……」
「まあいいさ。お勤めご苦労さんだ、サンドリアス」
サンドリアスがクリスタルから抜けて虚空へと消えた。
直後、クリスタルがひび割れリンファがゆっくりと降りてきた。神々しいオーラを身にまとった彼女は虚ろな瞳でゼルを見下ろしている。
「何者だ。神聖なる心臓の間へ踏みいるのは」
「遠い昔に魔神と呼ばれた者さ」
「ゼルグリアか」
「覚えててくれて嬉しいね」
挨拶代わりとでも言うかのようにゼルが魔法を投げつけた。完全な不意打ち、だが創造神の乗り移ったリンファにはほぼ効いていない。
「厄介だな……」
「神の加護を受けた肉体を傷つけるのは不可能だ」
「こんなのまだまだ本気じゃないからな」
ポーチから短剣を抜き、リンファに飛びかかった。
狙うは心臓一択。鋭い突きが炸裂したが肌に触れる寸前に弾かれてしまった。短剣は砕けて柄しか残っていない。
ゼルが諦めるのを待つかのようにリンファは寛いでいる。
「これなら……どうだ?」
宙に次元の裂け目を造り出してそこから禍々しい短剣を取り出した。刃は錆び付き、柄には血染めの包帯が巻かれている。
「冥界の短剣か! それを使えば闇に呑まれるぞ!」
「いいや、昔冥王に借りがあるからな。一回だけなら制限無しで使用させてくれるのさ」
さしものリンファも地の底の底、どんな化け物よりも危険な冥王の持ち物である短剣を見て構えをとった。
「どうやらお前でもコイツは怖いようだな」
一切の光を返さない短剣の切っ先をリンファに向けて言った。対するリンファは眩く輝く光の短剣を作り出した。
二人はほぼ同時に床を蹴った。剣どうしが激しくかち合う。
「く……はああッ!」
競り合いに勝ったゼルが相手の腹を蹴り飛ばした。怯んだリンファへさらに追い討ちをかける。
右から切りつけ、そのまま突きだす。障壁に守られている身だが冥王から借り受けた短剣の前ではあまり役に立たなかった。
二の腕が裂け、肩口から血を流す。
「悪いなこの肉体には怨みはないが、中身を恨んでいるんでなぁ!」
膝をついたリンファの側頭部に回し蹴りが叩き込まれる。
──このまま殺すッ!
堅い床に頭をぶつけて脳震盪を起こしたリンファの首を締める。腎臓、肝臓、肺、心臓と人体の急所を刺した。おまけと言わんばかりに喉から脳まで一気に貫いた。
「ぁ……ぅ……」
「まだ意識があるのか。さすが神の受け皿と言ったところだな」
瀕死のリンファに哀れみの目を向ける。そしてそっと指先から炎を放ち、彼女へ放った。一瞬にして燃え上がったリンファに背を向けて壁まで歩く。
「短剣、感謝するよ」
ゼルの手の中にあった短剣が塵になって彼方へと消えた。後ろで燃え盛っているリンファを一瞥して壁に爆破魔法を撃った。




