40話 祭典
「おぉ……」
「これは……」
村の中央にある御神体が目に入った俺達は感嘆の息を漏らした。
簡素な鎧を身に付け、何かのマークが描かれた盾と大きな剣を持った大男の石像が祀られていた。
石像の周りは松明で囲まれて目の前に供物が並べられている。食べ物から宝石、巻物等々色々と置かれていた。
「祭りが本格的に始まるのは陽が落ちてからですので、風呂にでも入ってゆっくりしてください」
「あ、どうも」
青年に温泉まで案内してもらった。男女別になってはいるが、仕切り越しに話す事はできる。
体を洗いながら反対にいるゼルへ声をかけた。
「なぁ、御神体見た時にちょっと固まってたけど見覚えでもあったのか?」
「あの盾に描かれているマーク、あれは創世神のものだった。たぶん……というか確実にここは世界樹を崇めてる連中の村だ」
「この村には長く居たくはない?」
「私を封じたのは神本人だ。だからこの村の奴らに恨みなんかないよ。取りあえずどこに近いか分かってからこれからを考えようか」
「そうだな……」
ふぅ、と息をついて湯船に深く浸かった。残る相手はリンファとディアラ。
ディアラには遭遇したが、リンファだけは一度も見ていない。ここを抜けたらエルフの国に行くべきだろうか。
しかしあの国に入るにはエルフの付添人か許可証が必要だ。
エルフに認められるのは簡単な事ではない。ただでさえ頑固な種族なのに奴らは染み付いた死臭に敏感だ。
殺しを積み重ねた俺が認められるには一筋縄ではいかない。
「時間はまだある……ゆっくり探すか……」
風呂から出ると先に上がっていたゼルが冷えた牛乳を飲んでくつろいでいた。
「ユーリィの分も貰っておいたぞ」
「ありがとう」
ビンの蓋を開けて一気に飲み干す。ほのかな甘味が口に広がり、火照った体を冷やした。
「結構美味いな」
「ついさっき絞ったものぉ……だそうだ」
言葉の途中で大きく欠伸した。目を擦り、ぐいっと体を伸ばした。
「大量にコーヒーを飲んだはずなのに眠いな……」
「あれだけ暴れたんだからな。一服して気分も落ち着いたから眠気がきたんだよ」
「ここの二階に部屋を貸してくれた。相部屋ですまないと言っていたが、問題ないだろう?」
「まあな。俺もちょっと眠いし、祭りまで一眠りしようか」
牛乳ビンをカゴに入れて用意された部屋に入った。がらんとした部屋だが、ベッドやテーブルなど最低限の物は揃っていた。
荷物も運んでくれたらしく、キチンと端に置いてある。
「太陽が完全に昇ったな」
「昼夜逆転したのは久しぶりだ。昔は明け方に寝る事も多々あったのだがな」
「俺も見張りで遅くまで起きてた事あったっけなぁ……」
遠い過去の記憶。しがらみは無く、互いに本音で話し合えた時。
確かディアラと交代で見張りをしてたのだったか。
とあるダンジョンの中層でモンスターや盗賊が寄って来ないかの監視と、万が一現れた場合速やかに倒すか、無理そうなら大声で起こす事、これが決まりだった。
しかし今となっては怒りを蓄積させるだけの材料にすぎない。拳を握り締め、未だどこかに潜んでいるリンファとディアラを殺す事を考えて眠りについた。
「ん……?」
ドーン! と外から巨大な音が響いた。北からの追っ手かと不安になって飛び起きる。
焦りながら窓の外に目を向けると幾多もの光の筋が満天の星空へ飛んでいくのが見えた。
「なんだ、花火か……」
ほっと胸を撫で下ろして再びベッドに横たわる。首だけを動かして夜空に花を咲かせ続ける火花を見つめる。
たくさんの色が空を彩り、村人達の歓声が轟く。あまりの音量にゼルも迷惑そうに目を覚ました。不機嫌そうなしかめっ面をしながら窓の外に目を向けた。
「祭典が始まったのか?」
「たぶんな。花火も打ち上げてるし始まってると思うぜ」
乱暴に頭を掻いて溜息をついた。
「祭典、見に行くのか?」
「ちょっとな。腹減ったから食い物買いたいな」
「なら一人で行ってくれ。私はまだ寝てる……」
「そうか……ちょっくら見てくるよ」
声に苛立ちが混じっていた気がしたが特に詮索せず、小銭を持って祭りへ飛び出した。
さすが創世伸を讃える祭りだけあって力の入りようが凄い。朝方に見た時よりも、御神体の周りが豪華に飾られていた。
村の酒場も今日は閉めて代わりに外で酒や食べ物を売っていた。料理の良い匂いがここまで届いた。
ぐぅ、と腹がアレを食えと主張するかのように鳴った。
屋台まで近づくと一層香りが強まって腹の虫の声も大きくなる。大鍋でコトコト煮込まれているスープを二杯買い、パンとチーズもつけてもらう。
早く早くと腹の虫が急かすが、ゼルにも持っていってやらないと不公平だろう。
「皆さんお待たせしました、司祭様のご登場です!」
歓声が上がり、御神体の周囲に人が集まり始めた。何事かと思って近くの椅子に乗って舞台を見つめた。
白いフードを被った司祭と呼ばれた人物が小さく手を振って歓声に答えていた。
白フードが手を下ろすと喝采は止み、静寂が訪れた。静まり返った広場を一瞥して満足そうに頷く。
そうしてゆっくりと口を開いた。
「お集まりの皆様、今日は我らが創世神の祝勝記念日です」
声を聞いた瞬間、持っていた料理を落としそうになった。
まさか、こんな事があるはずがない。嬉しさと困惑とで心が揺れる。なんという運命の巡り合わせだろうか。アイツはリンファだ。
なにやら創世神について語っているが、そんな事はどうでもいい。今ここでリンファの頭を撃ち抜けたらどれだけ気持ちいいか。
そう思っていると自然と指先に魔力が溜まってきた。
腕が勝手に持ち上がり、指先が頭部に狙いを定める。いつもだったら照準がぶれて外れていただろう。
しかし今日は──いや、今は当たると確信している。
「何をしている!」
強引に服の裾を掴まれて体勢が崩れた。それと同時に溜まった魔法が炸裂した。
だが服を引かれたせいで狙いが外れる。一瞬の突風がリンファのフードを捲った。
その端正な顔立ちが現になり、村人達からどよめきの声が上がった。彼女の視線が俺の方へ向く。
お互いに睨み合ってリンファが微笑んだ。俺がぎょっとした表情を浮かべている間にフードを被り直して説法を再開した。
「お前、自分が何をしたか分かっているのか!?」
部屋まで引きずられながらゼルに説教をされた。幸い群衆はリンファの顔に注意が向いて俺に気づかなかったようだが、もし命中していたら大惨事になっていただろう。
「悪かったよ。飯でも食って落ち着こうぜ? な?」
まだほんのりと温かいスープを見せるとゼルの腹も鳴った。深い深い溜息をついた後、飯にしようとゼルは呟いた。




