39話 竜に乗って
ゼルは何も言わずにドカッとアヴァランチの背中に座った。
「ほら早くしろ。置いていくぞ」
「乗っていいのか?」
「当たり前だ。私が勝ったんだからな」
嫌そうな顔をするアヴァランチをちらりと見て俺も飛び乗った。槍の穂先でゼルが脅すと渋々アヴァランチは飛び立った。
「よく言う事を聞いたな」
「私が封印した時に死の恐怖をしっかり植え付けてやったからな。コイツは死ぬのが最も恐ろしいんだよ」
「振り落とされるって事は?」
「無いよ。いつでも後ろから殺せるからな」
バサバサと乱雑に翼をはためかせて南大陸へと飛び立った。薄く明け始めた夜空を眺めているとゼルの頭が肩に乗った。
「少し……寝かせてくれ」
「わかった」
そういうと目を閉じて寝息をたて始めた。あれだけ派手に戦ったのだからそうとう疲れたのだろう。
おそらく、彼女が創り上げた紫の槍は、本人曰く無限に創れると言うが無理をしていたのだろう。
かなりの距離があった俺の場所にまで衝撃や熱が伝わってきた。
そのせいでゼルのコートが破けている。その下に覗く滑らかな肌にも細かい切り傷がついていた。そっと撫でるように回復魔法をかけて傷を処置する。
「お前か……そいつの封印を解いたのは」
「え……ああ、俺だよ」
突然アヴァランチが話しかけてきた事に驚き、ゼルを落としそうになった。
「なぜそいつを復活させた。お前に利益はないはずだが?」
「いやいや、利益は大ありさ。絶体絶命のダンジョンから脱け出せたのはゼルのおかげなんだから」
「……目的はなんだ?」
「目的? そりゃゼルの魂集めだな。もう終わったけど」
「違う。お前がゼルグリアに付き合う目的だ」
「ちょっと仲間内で揉めてな。それでダンジョンの下層に置き去りにされたから復讐しようと」
「そんな理由で復讐か。人間とはなんとも愚かしい」
「あのなぁ、精鋭が集まっても無事に帰れるか分からないような場所に置いてかれたんだぜ。殺されても文句は言えないはずだ」
「その思考が愚かだと言っているんだ。生きながらえたのだから忘れて平和に暮らせばいいだろう」
「人間の心はドラゴンには理解できないものさ。特にあんたみたいな長生きしてる奴は特にな」
「ふん……口が達者な奴だ」
それ以降アヴァランチは口を開かなかった。東の海から昇る朝日に目を細めて欠伸をする。コーヒーを大量に飲んだとは言え流石に眠くなってきた。
ここで二人とも眠ってしまうとアヴァランチに落とされてしまう。
カバンからキツめの眠気覚ましを取り出す。ミントやハッカ等の眠気覚まし成分を含んだ植物や薬液を混ぜ合わせて錠剤にしたものだ。
闇町で購入したものだが、夜通しの張り込みの際に大いに役立った。
二粒口に含んで噛み砕くと、すーっと爽やかな香りが鼻と目を突き抜けた。ボタボタと大粒の涙が両目からこぼれ落ちてアヴァランチの背に跳ねる。
「くっ……何度使っても馴れないぜ……」
止めどなく溢れる涙を袖で拭きながら眼下に目をやる。雲の切れ間から時々海が見えた。
「あとどれくらいで南大陸に着くんだ?」
「もうじきだ。人間に見られたくないから森の中に降りるぞ」
そう言うとアヴァランチはさらに上昇した。雲を切り裂きながら速度を上げる。
「落ちないようにしておけ」
「──え?」
聞き返す間もなく、ふわりと体が浮いた。ゼルも浮き、慌てて抱き寄せてもう片方の腕をアヴァランチの首に巻き付けた。
「おおおおおおお────!?」
凄まじい風に押されて顔全体が揺れる。前が見えない、掴んでいる手の感覚もなくなってきた。
「あ……」
浮遊感の後、堅い地面をゴロゴロ転がった。どすんと木に腹を打ち付けてようやく止まった。
立ち上がろうにも目が回ってしまって上手く立てない。
幹にすがり付きなから何とか片肘をつく。ゼルとアヴァランチがどこにいるか辺りを見回すが、ぐるぐるとして目眩がして視界が定まらない。
目を閉じて何度か頭を振ってギリギリ正常に戻った。
「ゼル……どこだ……?」
「ここだ……」
頭上から声がした。なんと彼女は投げたされたあと、木に引っ掛かってしまったようだ。
取りあえずお互いの無事は確認できた。
ゼルを木から降ろしてアヴァランチの捜索を始めよう──とした直後にゼルが北の空を指差した。
目を凝らしてみると白い軌跡を残しながらアヴァランチが飛んでいく姿が見えた。
「まったく……雑に落として何も言わずに帰るとは……」
「無事に南大陸に帰って来れたんだしいいじゃねぇか」
服についた汚れを落とす。髪に混じった雑草や小石を取り除きながら今後の予定を考える。
「これからの予定だが……とにかく俺は風呂に入りたい」
「同感だ、私も汚れを落としたい」
北から南に戻ってきて、コートはもう必要なくなった。折り畳んでカバンにしまう。
「さてここはどこだ?」
「アヴァランチめ、適当に降りたな……今度あったら再封印してやる」
周囲には木ばかりで目印になるようなものがない。下手に歩けば遭難する可能性がある。
「おい人がいるぞ!」
その一言をきっかけに大勢の足音が近づいてくる。青髪の青年が松明片手に立っていた。その後ろからゾロゾロと色んな年齢層の人々が集まってきた。
「大丈夫ですか?」
泥だらけに加えて擦り傷だらけの俺達を見て心配そうな目を向けてきた。
「もしかしてドラゴンに襲われたりしませんでしたか?」
──見られないように森に降りるとか言ったくせにもうバレてるじゃねぇか!
と言いたかったが彼らに怪しまれるのは好ましくないので話を合わせておく。
「直接ではなく風圧で転がされてしまって……こんな格好になってしまったんです」
「それは災難でしたね。よろしければ僕の村に来ませんか? 食事や風呂もお出しできます」
渡りに船とはこの事だが、どうも話がうまく進みすぎだ。困っている所にピンポイントで助けが現れるか? それもこんな明け方に。
「僕らの神様は困っている人がいたら惜しまず助けると仰っているんです。ですから、けして怪しい誘いなどではありません」
怪しまれている事に気がついたのか、青年は慌てて説明をつけ加えた。
仮に罠だったとしても俺とゼルがいればどうにでもなる。そんなわけで俺らは青年達の村へと案内された。




