38話 ドラゴンテイマー
「慣れてきたか」
「なんとかな」
町から出て森に差し掛かってようやく助けなしで歩けるようになった。
「だいぶ時間を食ったな。ここからは走るぞ」
「え……」
まだ走れるほど、この浮遊感にはなれていない。
「また手を繋いでやるから」
ぐっと引かれて俺は走り出した。転びそうになるとゼルが風魔法で少し調整してくれる。
「どんなドラゴンを狙うんだ?」
「うーん……会話ができるヤツだな」
「それ本気か?」
通常モンスターは人語を──いや、言語を理解しない。特有の鳴き声や器官から発する音でコミュニケーションをとる。
だが稀に我々人間と会話できるレベルの知能を持ったモンスターも存在する。
その代表例がドラゴンだ。それも山奥や火山の火口付近、洞窟の最深部などの人が滅多に来ないような場所に暮らしている。
そしてこの北大陸にいるドラゴンで言葉を発するのは三体確認されている。
おそらく彼女が向かっているのはデオラン山のアヴァランチだろう。ヤツが現れる時に雪が吹き荒れ、雪崩が起きる。
アヴァランチは自分以外の生き物を見下しているため、とても対話に持ち込めるような存在ではない。何しろ歩く災害と呼ばれているのだからなおさらだ。
「本気だとも、それに他のドラゴンはちと遠い。アヴァランチが一番近いからな。それに、私と奴は知り合いだからな」
「ホントかよ。アヴァランチが発見されたのは五十年くらい前だぜ?」
「昔、彼と私が鎮めからな。傷を癒すために眠りについていたんだろうよ」
「彼、ってのはお友達の魔物か?」
「そうだ……彼、彼の名を私は忘れてしまった……何故だ?」
「アヴァランチにでも訊けば分かるんじゃないか?」
「名案だな、急ぐぞ」
視界の悪い森の中を駆ける。魔法で光を作り出してはいるが、それでも足下から数メートル程しか見えない。
「風が強くなってきたな」
ゼルが足を止めて空を仰いだ。薄くなった木々の間からほんの少しだけデオラン山の輪郭が見えた。
「もう少しだな」
「ああ、気を引き締めろよ」
顔を見合わせて頷き、再び走り出した。それからすぐに森を抜け、目の前に広がる雪山に感嘆の息を漏らす。
山奥から異様な気配が漂ってきているのが麓だというのにビシビシと伝わってくる。
「少し登った所で奴を呼ぶぞ」
「呼べるのか?」
「アヴァランチとは顔見知りだって言ったろ? ちょっと挑発すれば乗ってくる」
吹雪のせいで進みが遅いが、なんとか平坦な所まで登った。振り向くと森と微かな町の光が見えた。
「この辺りなら戦いやすいだろう」
「呼ぶのか」
「ちょっと支えておいてくれないか。肩をがっしりと掴んでな」
言われた通りに後ろから肩を押さえる。何をするのかと肩越しに覗くと、山頂へ手のひらを向けた。
周囲に魔力の波紋が拡がり始めた。長い黒髪がバタバタと風になびき、足下の雪が溶け出す。
「踏ん張れ!」
言うと同時に手に貯めた魔法を撃ち出した。手のひらサイズのそれは見た目に反して威力が高く、踏ん張ったにも関わらず背中から倒れてしまった。
幸い雪のおかげで怪我は負わずに済んだ。
「来るぞ」
吹き飛ばされたのと同時にゼルの浮遊魔法が解除されて足が雪に埋まった。
「こんな足場の悪い場所で戦うのか?」
「ま、見てろ。アヴァランチ程度、私一人でどうにかなる」
魔法が飛んだ先の風が、周囲の風とは明らかに違う動きを見せた。そしてその中心に何か、がいた。
徐々に大きくなるそれは竜の形をしていた。
細く長い四肢に薄くも強靭な四枚の翼。周りの雪と完全に同化する真っ白い体に燃えるような紅の瞳だけが浮かんでいた。
鋭い牙の生える口からは白い煙がもうもうと吹き出ている。
「お前……ゼルグリアだな?」
「ああ、久しぶりだなアヴァランチ。何年ぶりだ?」
「さあな……ここに何しに来た?」
俺らの前に降り立ったアヴァランチは今にも凍てつくブレスを吐き出しそうだ。
「私達を南大陸まで乗せてってもらえないか? 今帝国で出国禁止になっててな」
「お前がオレに何をしたか忘れたとは言わせないぞ……あんな洞穴に何百年も封じやがって! そんなお前がオレに頼み事だと!? 笑わせるな!」
「まあ、こっちもタダで話を聞いてもらえるとは思ってない。お前を叩きのめして無理矢理にでも乗っていくさ」
「ぬかせ! 矮小なお前にオレを倒せるはずがあるまい!」
「ふん、私だって長々と封じられていた訳じゃあない。お前程度、私一人で十分だ。下がっててくれユーリィ」
コートを脱いで俺の方へ放った。それを受け取った俺はゆっくりと後ろへ下がった。
両者に壮絶なオーラが漂い始めた。身のすくむような雄叫びを上げ、ゼルに飛びかかっていた。
アヴァランチが踏み抜いた場所の雪が吹き飛んだ。それに紛れて背後を取ったゼルは首筋に雷を撃ち込んだ。
仰け反ったところに連続で雷を連打する。
明滅が続き、アヴァランチも辛いかと思われたが尻尾の凪払いで押し返した。
「どうした? 鈍ったんじゃないか?」
挑発しながら雪の上を走り、合間に炎を投げつける。後ろで観戦している俺も参戦しようかと柄に手をかけた──が、あまりにも地形と相性が悪すぎて断念した。
アヴァランチレベルのドラゴンは平坦な場所で遮蔽物が多い所じゃなければ一人で戦うのは厳しいだろう。
ゼルは地面からちょっと浮きながら戦ってるし、俺ももう少し魔法を修得しとくべきだったかと今更に悔やんだ。
「調子に乗るなよゼルグリア!」
大きく開いた口から純白の吐息を放ち積もった雪を一瞬にして凍らせた。あれをくらえば一巻の終わりだ。
巧みに避け続けるゼルだが、その顔には少し疲れが浮かんでいた。
炎を投げて緩和しているもののアヴァランチは余力たっぷりといった表情でブレスを繰り出し続ける。
「どうした、スピードが落ちてるぞ?」
「お前へのハンデだ。まあ、これでも余裕だけどな!」
氷の上を優雅に滑りつつ魔法を飛ばす。アヴァランチの攻撃と衝突しても打ち勝つ魔法には感服するばかりだ。
「そろそろ終わりにしようか」
「ほざけッ!」
ゼルの顔の二倍はあろうかという氷塊が吐き出された。鋭く尖り、回転しながら顔めがけて飛んでいく。
「ゼルっ!」
割って入ろうにも間に合わない距離だ。直後、片手で氷塊をはたき落とした。アヴァランチの深紅の瞳が見開かれた。
「いいやもう終わりだ。お前は何百年経とうと変わらないのだな」
「何を……!」
「見せてやろう、私の数百年分の成長を!」
両手を擦り合わせて紫色のオーラを練り上げた。ゆらりゆらりと幻のようなオーラが簡素な槍を象った。
遠目に見ているだけだが感覚でわかる。あれはヤバい。
アヴァランチも察知したのか翼を羽ばたかせて細かい氷の結晶を飛ばした。しかしゼルが槍を軽く投げただけで風が止み、アヴァランチの翼を貫いた。
「どうだ。私はこれをまだ投げられるぞ。それでも続けるか?」
「……オレの敗けだ」
「ちゃんと敗けを認められるようになったか。そこは進歩だな。ユーリィ、そいつの羽を治してやってくれ」
「お、おう」
回復魔法ならゼルの方が得意のはずだが、なぜ俺に託したのだろうか。よたよたと駆け寄って穴の空いた翼を見上げる。
「羽、降ろしてくれないか?」
「…………」
アヴァランチは俺を睨んでゆっくりと翼を下げた。
「妙な真似はするなよ。ユーリィに危害を加えようとした瞬間、頭を撃ち抜く」
手にした槍を見せびらかしながらこちらに歩いて来た。アヴァランチの羽は見た目よりも薄いが、鉄よりも堅い。
傷口に手を当てて念じる。
緑色の光が穴を包むと少しずつ再生し始めた。しかし高品質な翼を治すのは骨が折れる。
本職の奴なら負担は軽いだろうけど、素人の俺がやると体力と精神力が削られていく。
「……できた」
とりあえずくっついた事が確認できるとその場に倒れ込んだ。雪を掬って顔全体にかける。
火照った今の状態には最高の快感だ。
「平気か?」
「まあな……まだふらふらするけど平気平気」
「ならいい。よし日が昇る前に出発するぞ」




