36話 狙撃
酒場でおっさんから式典の情報を聞いてから二日経った。つまり今日、リーザスの命日となる。
前日に街の人々からどの辺りに皇帝が立つのか、どこからが一番見やすいのか等々尋ね回り、最高の狙撃ポイントを見つけた。
皇帝は城の広場の中央で演説をするらしい。その斜め後ろの両端に護衛がつく。
情報収集に加えて昨日は狙撃の練習もした。郊外の森で走っている鹿を三百メートルほど離れた位置から撃ち抜けたのだから問題はないだろう。
ゼルの力を借りればもっと遠くからでも狙える。
そして俺がリーザスを狙う場所は帝国の中で最も高い塔にした。てっぺんには巨大な鐘が取り付けられていて朝昼夜の三回、決まった時に鳴り響く。
塔に登るには地上の入り口から入って見学料を払わなければなならない。
だが俺とゼルは顔バレするのは絶対に避けるべきだ。だから外壁をよじ登って頂上を目指す。
そして鐘の影に隠れて頭を貫く。
手持ちの隠蔽の呪符を使えばさらに見つかりにくくなる。奴を殺した後は何食わぬ顔で宿に戻り、ゆっくりとくつろぐ。さも演説は人が多くて見れなかったんです、という表情でだ。
リーザスが死んだ事で騒ぎになるが、俺達は船に乗ってさよならだ。
証拠となる魔力痕も残さないような術式もゼルから教わった。今日の作戦は完璧だ。後はそれを実行に移すだけである。
「準備はいいか?」
「ああ、バッチリだ。隠蔽の呪符も貼ったし、指先の魔力も上々。それとゼルがいれば外す心配は無いさ」
昼前の現在、人々は皇帝のありがたい演説を聴くためにゾロゾロと広場に向かっていく。
その様子を窓から見つめる。
人がもう少し減ってから動き始める。まず宿を出て最初の角を左に曲がって塔の裏側に回り込む。
そうしたらささっと塔を登りきってリーザスが出てくるのを待つだけだ。
最後に茶の一杯でも飲みながら人混みが過ぎるのを待った。数分後、人の波がまばらになったのを見計らって俺達も出発した。
「今日は一段と冷えるな……」
マフラーで口まで隠して寒さ対策をとる。耳当ても買っておくべきだったかな、と手袋をつけた手で耳を包む。
波から抜けて路地に入る。足跡がついてしまうが、これだけの量の雪が降ればすぐに消えるだろう。
バレないように──といっても隠蔽の呪符がついているが──慎重に塔の裏側へ回り込む。
住民達は全員広場へと集まったのか周りには誰もいなかった。
「よし、登るぞ」
滑らないように気を付けながら外壁に手をかける。でこぼことした表面のおかげで容易に上がることができた。
真鍮製の巨大な鐘の陰から広場が微かに見える。
「あそこに皇帝が来るはずだ」
遠目から見ても分かるほどに、広場の中央だけが豪華に装飾されている。そこに皇帝が立ち、その数歩後ろでリーザスが見守るという形になるだろう。
「まさかこんな距離から撃たれるとは思わないだろうな。ましてや式典の日にな」
「この催しがなければ奴への復讐は叶わなかったわけだ。本当に運がいいな、ユーリィ」
「十年とかかかると思ってたんだけどな。意外とすんなり終わりそうで嬉しいような悲しいような……」
「おい、来たぞ」
話を中断して広場に目を向ける。皇帝の登場を告げるファンファーレが風に乗って耳に届いた。
魔力を瞳に集めて視力を高める。
「なかなかカッコいいじゃないか」
だいたい三十歳前後のイカしたおじさんだ。短く刈り上げた金髪に透き通るような青い瞳、笑顔の時に見える真っ白い食も特徴的だ。
そしてその後ろには標的であるリーザスがいた。
エルフよりも短命だが、それでも人間よりも寿命の長い竜人だけあって姿はあまり変わりがない。
「もう殺すのか?」
「いや、まだだ。観客の盛り上がりが最高潮になってからだ」
いつでも弾を放てるように指先には高濃度の魔力を溜めておく。しばらくリーザスの頭に照準を合わせていると、民衆から歓声が上がった。
ここまで届く拍手や大声の中で、リーザスが撃たれたとしても気付くのには時間がかかるだろう。
「ゼル、力を貸してくれるか?」
「もちろんだ。存分に使え」
そっとゼルの手が肩に触れる。手袋越しにだが力が流れてくるのを感じた。
溜めた魔力の調子も完璧、いつでも発射できる。
「あばよ、リーザス」
無音で飛び立った魔力の弾は風や空気の抵抗をものともせず一直線に飛び、見事リーザスの頭を貫通した。
ふらりと体が傾き、倒れるかと思われた。しかし上手いこと背後の柵に寄りかかって、絶命した事を隠している。
「見事な一撃だな」
「ああ、運も味方してくれてるみたいだしな。今のうちにずらかるぞ」
塔から飛び降りて激突寸前に魔法で軟着陸する。来た時につけた足跡は既に消えかかっていた。
宿に入る前に隠蔽の呪符を剥がしておく。店主に尋ねられた時の言い訳は思い付いている。
ちょっと疲れたような顔をしながら宿に入った。
「おやお客さんもうお帰りで? 演説の方はどうでしたか?」
コートについた雪を払いながら、俺の考えた嘘をそれらしく説明する。
「いやぁ、人の波に押されてあんまり近づけなかったんだ。そんで、遠くから見てちょっと話聴いて帰ってきちゃったよ」
「ははあ、それは残念でしたねぇ。まあ来年もあるからその時に見れる位置取りを探してみてください」
「それじゃ、俺達はこれで」
「はい、ごゆっくり」
部屋に戻って早速風呂を溜める。冷えた体には風呂が一番である。
今頃、リーザスが死亡しているのが発覚して大騒ぎになっているだろう。
明日の朝にはこの国から出ていかねば。めんどう事に巻き込まれるのは御免だ。
まあ、起こしたのは俺なんだが。
風呂に入ってさっぱりして、部屋で休んでいると外が騒がしくなり始めた。
「気づかれたか」
「みたいだな」
いまだ止む気配のない雪は俺達が通った道の足跡を消してくれただろう。何も焦る事はない。
ただのんびりと待つだけだ。
「三人目の始末が終わって残るは二人、何か考えはあるか?」
「ディアラ……アイツはスフィアを集めてどうしたいのかがわからない……」
神獣を三体従えたところでゼルの力を借りれば余裕──かはわからないが切り抜ける事はできる。
「リンファはそもそも会ってないしな……とりあえず次の目標はディアラだ。叩きのめして、リンファがどこにいるのかを吐かせる」
「うるさいな」
がやかやと通りが騒々しくなってきた。厚手のカーテンを閉めると、僅かだが静かになった。
「見に行かないのか?」
「何を?」
椅子に座って足をぶらぶらさせていると、ゼルがカーテンを閉じた窓に目を向けて言った。
「これだけの騒ぎで外に出ないのは編じゃないかと思ってな」
「まあ、言い訳をあげるとしたら、祭りのばか騒ぎだと思ってました。うるさくてカーテンを閉めたので何を言っていたのかは分からなかったです。みたいなのでいいだろ」
「犯人は現場に戻るとも言うしな。じゃあ私は寝る」
そう言ってベッドに乗って布団を頭からかぶった。
「…………」
胸に微かな不安が生じたが、それを忘れるべく俺もベッドに潜り込んで目を閉じた。




